第5話

「ボタン持ってるの?」


「…うん、予備があるから大丈夫。すぐに付けちゃうから待っててね」



予備なんてもらった覚えないんだけど、おれが無くしただけか。


準備がいい。控えめなファーが付いた斜め掛けの鞄から小さな裁縫セットを出して、いつの間にか針に糸を通しておれのブレザーを元通りにしていく。



「取れかかってたなら取れる前に次は言ってね。もう予備ないからね」



言い聞かせるように言ってくる。さっきは子供のように無邪気な八重歯を見せてきたのに、今の口ぶりは完全にお姉さんぶった感じ。


高梨って、女っぽいなあと思う。


秒で直してもらったブレザーを澄まし顔で渡される。高梨の膝の上にいたこいつからそっとフローラルな匂いが香った。




「勝手に取られたんだよ」


「もう。そんなむすっとしないで。みんな小鳥遊くんのことが大好きなんだよ」



「…高梨は?」




聞くつもりなんてなかった。けれど気づけば声にしていた。



1年前までそれなりに賑わっていたはずなのに廃墟と化した遊園地。


がらんとした夜のその場所は少しだけ不気味だ。うさぎやクマのキャラクターが、孤独な目をして笑っている。


それを眺めて、自分の世界の方がマシだと、言い聞かせてる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る