第三者女王ですが何ですか?
わたなべよしみ
第1話 プロローグ
ここは、私が目を閉じて眠りについた時だけやってくる世界――ルミナス王国。
眠る前までは、ただの高校生「小春」だった私が、この世界では「コハル」と呼ばれている。そして、なんと「第三王女」という肩書きまでついているのだ。
だけど、王女って言っても特別なことは何もない。次期女王でもなければ、軍を指揮することもない。ただ、王宮でのんびり過ごしているだけ。
王宮は広大で、その美しさに初めて来たときは圧倒されっぱなしだった。
白い大理石でできた外壁は、陽の光を浴びて輝き、遠くから見るとまるで空に浮かぶように見える。そして、その内部には広い庭園や優雅な客間、大勢の侍女たちが忙しく動き回る廊下が広がっている。
「豪華絢爛」なんて言葉を初めて実感したのが、この城だった。
でも、そんなお城よりも、もっと驚いたのは家族の存在だった。
長女リディア
リディアはすべてが完璧だ。知性、品位、そして優しさ。どんなに忙しくても、私やセリアお姉ちゃんを気にかけてくれる、本当に頼れる存在だ。例えば、昨日もこんなことがあった。
「コハル、庭園で読書をしていたそうね。ちゃんと日焼け止めを塗ったの?日差しが強かったから、気をつけなさい。」
――そうやって、私のどうでもいいような日常にも気を配ってくれる。まるでお母さんみたいな人だ。
次女セリア
セリアは冷静で論理的。だけど、その裏には強い責任感と、家族を守りたいという優しい気持ちが隠れている。
セリアお姉ちゃんが真剣な顔で書類を読んでいる姿を見るたびに、「ああ、私は何もしてないなあ……」って思うんだけど、そんな私にも優しく接してくれるのが彼女の良いところだ。
そして、私、第三王女コハル――特に何もない王女だ。
「彩り」とか「王家の象徴」とか言われるけど、要は何もしなくていいってこと。実はこれ、ちょっと複雑な気持ちなんだよね。
そう、こんな感じで私たち三姉妹は、それぞれの立場でこのお城に暮らしている。
でも最近、王宮に少し不穏な空気が漂い始めた。
例えば、廊下ですれ違う侍女たちがひそひそ話をしていたり、周辺の国々との関係がぎくしゃくしているなんて話も耳にする。
おまけに、今日のお茶会ではセリアお姉ちゃんが「たまに咳が出る」という話をするらしい。
咳が出るくらい大したことないって思うかもしれないけど、なんとなく嫌な予感がするのは私だけだろうか。
――まあとにかく、まずは庭園に向かおう。
今日もリディアお姉ちゃんの優しい笑顔と、セリアお姉ちゃんのちょっと厳しい言葉を聞きながら、私たち三姉妹のお茶会が始まる。
庭園に設えられた白いテーブル。その上には、鮮やかな花柄が描かれたティーセットが並べられている。風に乗ってバラの香りが漂い、小鳥たちのさえずりが穏やかな午後の空気を満たしていた。
「コハル、そろそろ紅茶が冷めるわよ。」
リディアお姉ちゃんがティーカップを持ちながら、優雅に微笑む。
「あ、うん!」
私は慌ててティーカップを手に取り、一口飲む。口の中に広がるバラの香りが心地よい。
「どう?今日の紅茶の味は?」
リディアお姉ちゃんの問いかけに、私は満面の笑みで頷いた。
「すっごく美味しい!香りが最高だね。」
「リディアお姉さまは、紅茶の銘柄や産地まで全部調べて選んでいるのよ。」
隣に座るセリアお姉ちゃんが、小さくため息をつきながら言った。
「それくらいの細かさ、あなたも見習ったら?」
セリアお姉ちゃんの言葉には、少しだけ厳しい響きがある。でも、そこに優しさが混ざっているのが分かるから、不思議と嫌な気持ちにはならない。
「うーん、そういうのって向き不向きがあると思うな。私は飲む専門だから!」
そう言って肩をすくめると、リディアお姉ちゃんがくすくすと笑った。
「いいのよ、コハル。それぞれに役割があるんだから。」
「……実は。」
ふいにセリアお姉ちゃんが口を開いた。
「どうしたの?」
リディアお姉ちゃんが優しく促すと、セリアお姉ちゃんは少しだけ目を伏せ、紅茶を一口飲んでから話し始めた。
「最近、夜中に咳が出ることがあるの。」
「咳?」
私は驚いて顔を上げた。
「そんなに頻繁ではないけれど、特に喉が痛いわけでもないのに、夜中に突然出るのよ。」
「それって……風邪とかじゃないの?」
私は首をかしげながら尋ねる。
「医師にも診てもらったけど、異常はないって言われたわ。ただ、少しずつ頻度が増えている気がして……。」
リディアお姉ちゃんがティースプーンを持つ手を止め、考え込むように目を細めた。
「部屋の空気に問題があるのかしら。それとも……最近、何か変わったことは?」
セリアお姉ちゃんは少し考えたあと、静かに首を振った。
「特に思い当たることはないけれど。」
「じゃあさ、今夜は私がセリアお姉ちゃんの部屋で一緒に寝てみようか?」
私が提案すると、セリアお姉ちゃんは驚いたように目を丸くした。
「あなたにそんなことさせるわけにはいかないわ。」
「いやいや、大したことじゃないよ。私、こう見えて鈍感だから、何が起きてもたぶん気づかないし!」
リディアお姉ちゃんが微笑みながら言った。
「コハル、それは少し自慢にならないけれど……でもいい考えね。セリア、試してみてもいいんじゃない?」
セリアお姉ちゃんはしばらく考えたあと、小さくうなずいた。
「……わかったわ。でも、無理はしないで。」
こうして、穏やかな午後のお茶会は、小さな謎を解決するための計画に変わった。
私が役に立つかどうかは分からないけど、やれるだけのことはやってみよう――そんな気持ちで、私はセリアお姉ちゃんの部屋に行く決心をした。
そして、この小さな咳の問題が、やがて王宮全体を巻き込む大きな出来事の始まりになるなんて、今の私には知る由もなかった。
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