第8話
「オーロラ様を擁護する方もいらっしゃるのに、自ら婚約の解消を切り出されたということですか?」
「ああ」
ヴィクトリアは今度は黙りこくった。
心の整理のために、当たり前のことだが改めて考える。
王太子妃とは、言わずもがな誰もが憧れるポジションである。
王族に名を連ねることにプレッシャーを感じる人もいるかもしれないが、オーロラは誰もが──ヴィクトリアさえ──認める優秀な女性だ。
王太子との仲も悪いというような話は聞かないし、むしろ近頃は頻繁に茶会をしているようだった。結婚に向けて話し合い、仲を深めているものかと思っていたのだが。
それを自ら辞退するなんて、どういう了見なのか。頭のいいあの女なら何かしらの思惑があるのではないか。
あまりにも自分に都合のいい展開に、望んでいたはずなのに思わず考え込んでしまう。
しかし、ヴィクトリアにとってはオーロラの気持ち以上に大切なことがある。
「殿下はどうお考えなのですか? オーロラ様とは仲も良好でしたでしょうし……その、私のせいで大事になってしまい、なんと申したらいいか……」
婚約者間の問題に踏み込みすぎたかと、聞いてから言い淀んだヴィクトリアに、王太子は言った。
「私はオーロラの意思を尊重しようと思っている」
ヴィクトリアは目を見開いて驚いた後、口の中で頬の内側を噛んだ。
顔を輝かせてニヤつくのを堪えるためである。
「殿下も婚約の白紙に前向きということなのですね……」
「ああ。今後侯爵家という後ろ盾が揺らぐことで、立場が危ぶまれることもあるだろう。長く王族として過ごしていくには彼女の精神的負担もあるし、難しいかもしれないと思っている」
「では、殿下は十八歳ではご結婚なされないということなのですね……」
「その話なんだが」
王太子はヴィクトリアに向き直り姿勢を正したかと思うと、とんでもないことを言い出した。
「ヴィクトリア嬢。私と婚約し、私が十八になったら結婚してもらえないだろうか」
「…………………………………はい!?!!?」
暫しの沈黙の後、ヴィクトリアははしたなくも椅子から飛び上がって驚きながら目を白黒させるしかなかった。
◆◇◆
ヴィクトリア側から切り出すはずの話が、何故か王太子側から提示された。
あまりの急展開に目を回したヴィクトリアに、王太子は丁寧に説明をしてくれた。
ヴィクトリアからのタレコミを聞いた王太子は、まず国王である父親に話に行ったそうだ。
そこで、あのオーロラをよく知る者達が最初から影を使った本格的な調査に踏み切ってくれたのは、タレコミをしたのが筆頭聖女であるヴィクトリアであったことが大きい。
聖女には時折予言をしたり、神託を授かる者がいるということが歴史書に記されている。
こういった現象が起こった場合、近いうちに非常に重大な問題が国に降りかかることが多く、聖女の進言のおかげで回避できた危機が度々あったのだとか。
そのため、今回のそれも予言の類いだと判断され、事は秘密裏に、しかし迅速に進められた。
もちろんヴィクトリアのタレコミは予言や神託などの神聖なものでは全くなく、ただ『王太子の婚約者になりたい』という欲望の塊であるわけだが、彼らは知る由もない。
そんなこんなで王太子が指揮を執り調査が行われることになったのだが、その結果はヴィクトリアが持ち込んだ資料にある情報を全て肯定するものであった。
すぐにオーロラを呼び出しこの件について尋ねたところ、
「昔から怪しい動きがあることには気づいていた。しかし、侯爵家の力は大きく、今自分が告発したとしても揉み消される可能性が高い。それどころか警戒され、いつか調査をする日が来たときに証拠を隠され探しにくくなったら面倒になりかねない。一先ず様子を伺い、決定的な証拠を掴むチャンスを狙っていた」
という旨の話をしたという。
オーロラは正式に王太子妃になり、自分がある程度人を動かせるようになってから動くことにしていたのだろうか。
しかし、賢く、ある意味ヴィクトリアより聖女らしい清廉な精神性の持ち主である彼女が、家の問題をそのままに王族に嫁ぐのを良しとするとは思えない。
ヴィクトリアがそう考えている間にも、王太子の話は続く。
オーロラはこの件を言い出せなかったことを謝罪し、真相を確かめるための協力は惜しまないと言った。
ディアス家が今までしてきたことや、このことを黙ったまま王太子妃となろうとしていた自分を恥じ、「自分には王太子妃となる資格はない。どのような処分も受け入れる」と言っているようだ。
ヴィクトリアが筆頭聖女であるせいで、なんだか事がとんでもなく大きくなっているような気がしてきたが、概ね計画通りに進んでいるどころか、王太子と婚約者になれる確率が大幅に上がったと喜んだヴィクトリアは、王太子が言った婚約についても詳しく聞くことにした。
「王太子は十八になったら結婚するのがこの国の習わしなのは知っているな?」
「ええ、勿論。オーロラ様とのご婚約の際も、その習わしの通りにそういう決まりになったのでしょう?」
「そうだ。オーロラと婚約を解消することがほぼ確定事項となった今、早急に次の婚約者を探さねばならない」
「それは理解できますが……何故私が?」
(も、もしかして、実は両想いだったとか……?)
オーロラが頬を赤らめ、心臓をドコドコ鳴らしながら期待の眼差しを向けていることに全く気づかなかったイーサンは続けた。
「簡潔に言うと、この件の功労者は君だからだな」
思わずズコッと椅子から落ちそうになったヴィクトリアであった。
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