前章 表裏の狂人2‐7

 一山は、来た道と同じ道を走っていた。すでに陽は西に傾き、景色が夕焼けの色になっている。

「飯、食って帰るか」

「そうですね」

 カーナビを見ると、目的地まですでに半分を切っていた。

 車に乗ってからここまで、二人は事件の話をしなかった。

「気になったか?」

 甲斐が口を開いた。

「月城蒼がですか?」

「いや、それもだが……。あの母親だよ」

 母親。確かに少し錯乱したが、自分の愛していた娘が死んだのだから仕方ないだろう。一山は、そこまで気に留めていなかった。

「俺も独身だから、親ってものはわからないが、ちょっとトキシックペアレントっぽくないか?」

 甲斐は博識であるため、時々普通耳にしないような言葉を使うことがある。

「毒親ってことですか?」

「あぁ」

 一山は侑香の態度をもう一度思い返す。言われてみれば確かに、子供のことになるとヒステリックを起こしたり、姉と妹の扱いがかなり違っていたりと、毒親の特徴、といわれるような行動に当てはまっている。

「俺は、家庭に問題アリだと思う」

「確かに」

 一山も同意した。

 もしそうならば、二人は強く生きていたものだ。選択愛情で排除された妹と、毒親に育てられながらも、しっかりと自分の道を作っていた姉。

「家庭環境に問題があった人間は、普通の環境で育った人間より、罪を犯しやすい、と言われたりもする」

 一山は、甲斐の言葉に引っかかった。

「月城蒼が犯人、ということですか?」

「いやいや。勿論、まだ可能性の話だ。だが捜査っていうのは、全ての可能性を取りこぼさずに検証しなきゃいけない。しかも動機的に見ると、今捜査線上に上がってる第一容疑者は、月城蒼だろう」

「姉への嫉妬、ですか?」

 選択愛情で選ばれず、母親の愛を知らずに育った人間は、愛されて育った人間を、どう思うのだろうか。

「人の心ってのは、わからんもんだ」

 そんなことを考えた一山の心を読んだかのように話し出した。

「人の心は、証明することができないし、読んだりすることもできない。それなのに人間は、心で動くことがある」

 ロボットと違い、時に人は、道理に合わないことをする。それは、人間に心があるが故だ。それには、一山にも思い当たる節があった。

 だが、と置いて、甲斐は再び話し始める。

「母親の話なんかを聞くところに、月城蒼は月城朱梨を愛していた。それは、間違いないように思える」

 その言葉には一山も同意した。あれだけ白い目を向けられても。姉の事件を解き明かそうとしている。その理由は、愛以外に見当たらなかった。

「まぁ、今判断するのは得策じゃない。他の班員の話を聞いて、月城蒼に会ってからだ」

「そうですね」

 一山も、頷いた。なにしろ、蒼は今まで自分のことをほとんど語っていない。さらに今回出てきた、動機になりうる、家庭環境についての情報。

 蒼への信用は変わらないが、一度どこかで話をする必要があるだろう。一山は、ハンドルを握りなおした。

「おし、そろそろ下りて飯食うか」

 甲斐が、すでに陽が落ちて暗くなり始めた空を見ながら言った。

「『養老乃瀧』行きましょうか。県警近いんで食い終わったら車返せますし」

 『養老乃瀧』は、甲斐の行きつけの居酒屋だった。一山も、なんどか甲斐に連れて行ってもらったことがあり、その味にはまりつつある。

「お、いいな。今日もおごってやるよ」

 甲斐が笑顔で言う。それに悪いなと思いながらも、生活費だけでカツカツな一山はありがたく乗っかった。

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