過去

レイシア様は期待と諦めが孕んだ表情を浮かべ、俺の頬を撫でた。

ひんやりと柔らかい感触が顔を覆い尽くす。

「教えてください。あんなに信心深かったレイシア様が喜んで異端を冒すようになった理由が知りたいです!」

俺が父からの暴力に耐えかね、着の身着の儘でこの街に来た時、神の言葉や文字を教えてくれたのは彼女だった。

当時、一歳上の聡明な少女が慈悲深く接してくれたことは、今でも脳裏に焼き付いている。

ただそこには弱さのようなものも内在しており、何もなかった俺が彼女に憧れるようになるのに、そう時間はかからなかった。

まさに正義の象徴だったのだ。

「ふふっ、君が私のこと知りたがるなんてゾクゾクしちゃうかも。……君が来る前にね、この街で魔女狩りがあったの。それで疑われた母様と姉様は異端審問にかけられて斬首ざんしゅされちゃったんだ」

「そ、そんな…」

レイシア様は珍しく身体を震わせ、いたいけな子供のようにクッションを抱きしめた。

母性の渇望を意味するその姿に胸が強く締め付けられる。

「救いであるはずのキラスト教は大好きな2人の命が奪った。誰か知らない人の心の安寧や自己保身の為にね」

「…」

あまりにも非情な現実に何と声をかけていいのかわからなかった。

今まで積み上げてきたものが崩れていくのを強く感じる。

きっと、みんな少なからず疑念を持っているから、こんな風になってしまったのだろう。

「それから人の嗜虐性しぎゃくせいにずっと怯えながらシスターの仕事してて……そんな時、ユーリヒくんに出会った。優しくて純粋で誰かの為に泣ける人なんて初めてで、大大大好きになちゃったんだ…!もっと知りたい知りたい知りたいって思って…気づいたら恋に落ちてた」

「お、俺はレイシア様が思い描くような善人じゃないですよ」

「君は、優しい子だよ。ああぁ、もう!本当に好き…好き、大好き……!…でもね、この感情が異端で歪で異常だってことは自分でもわかってるんだよ?」

レイシア様は諦念混じりの微笑みと共に俺の手を軽く握った。

彼女の手は僅かに震えている。

「……だから、大好きな君に決めてほしいの。私とこのまま深みに堕ちるか、元に生活に戻るのか。……き、君の為だったら私身を引くから」

俺が今後の運命を変え得る蓋然性がいぜんせいを秘めた言葉を言おうとしたその刹那、玄関の方から聞き慣れた声がしてきた。

思わず、俺とレイシア様が窓を覗き込むとそこには何やら焦った表情をした元婚約者であるリーシアがいたのだった。


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