マグロ拾いバイト

 マグロ拾いのバイトをしていると、落ちている右手に見慣れた傷を見つけた。

 手の甲に「の」の字を描く傷だ。

『俺は死んでも一発で誰だかわかるな』と笑っていたあなたの事を思い出す。高校生の時に話したどうでもいい話のうちの一つだった。

 実家の近所の公園で、あなたはいつだって楽しそうだった。

 川に落ちた話をした時、この傷の話もしてくれた。もがいているうちにいつの間にか切れていたというけれど、やっぱり無理があるなぁ。

 こんな芸術的な傷、本当にどうやってつけたのだか。

 トングで掴み、目の前まで持って来る。

 見間違えるはずがない。やっぱりあなたの手だ。

 何だか不満だな。私はこんな傷が無くても、あなたの手なんてすぐわかるのに。

 どうして左手を見せてくれなかったのかな。左手だったらそれを証明してやれたのに。まったく、あなたは気が利かない。

 誰も見ていないのを確認して、私はあなたの右手をポケットに入れる。まだほんの少し温かさが残っている気がした。


 少し経って、あの時の死体が未だに身元不明なのを噂で聞いた。

 顔の損傷がひどくて手掛かりが他に無いらしい。

 私はその唯一の手掛かりが埋められている公園を知っている。

 知っているけれど、誰にも言わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る