殺害現象

 ある廃墟で起こった殺人が連続殺人だと気付くまでに、時間は掛からなかった。

 殺し方は至近距離からこめかみに銃弾を一発。

 現場は廃墟から直線距離一キロメートル地点で一人。二キロ地点の別々の場所で二人、三キロ地点で三人。今は四キロ地点で一人目の殺人が起こったところだ。

 現在の犠牲者は合計八人。

 法則に従えば、廃墟から半径四キロ地点の何処かで残り三つの殺人が起きる。

 警察は多くの人員を配置。私もその中の一人でだった。


 巡回を開始して一週間ほどで殺人は起こった。それも、私の目の前で。

 何の変哲もないシャツとロングスカートに身を包んだ三十代の女は、すれ違いざまに拳銃で男のこめかみを撃った。

 その行動にいかほどの緊張感も無く、あまりに自然体だったので、私は一瞬何が起きているかわからなかった。

 女がそのまま何事も無かったかのように立ち去ろうとするので、慌てて現行犯で逮捕した。

 女が言うには、私たちに声を掛けられるまで、自分の背後で人が倒れている事すら気付かなかったという。

 しかしその供述をそのまま信じるわけにはいかない。心神喪失というにはあまりにも鮮やかで、あまりにも彼女は正常過ぎた。

 それにすべての殺人が同じ手口だったことも、彼女の言い分を無視する根拠となる。

 全ての被害者はこめかみに一発の弾丸を喰らって絶命していた。

 今回のものもあわせて九件の殺害全てを一撃で終わらせるその腕前は、素人の犯行と言い訳するには美し過ぎる。無罪を主張しようとする犯人にはよくある、精神異常の演技にしか見えなかった。

 しかし、彼女はいつまで経っても余罪について一切の関与を否認した。

 これもまた、良くある話だ。

 自分の罪を認めるが、それ以上罪が重くならないように、一部だけ嘘を吐く。我々はすぐに彼女の供述を否定する物的証拠が出てくるはずだと高を括り、話半分で彼女の弁解を聞いていた。


 風向きが変わったのは三件目の殺人で彼女のアリバイが完全に実証されたことだった。共鳴するように他の殺人にも彼女のアリバイが見つかり始め、余罪の可能性が消えていく。女は終始、最後の一人しか殺していないと言い続けた。

 焦って捜査を進める程、彼女の関与を否定する証拠ばかりが出て来て、とうとう余罪全てがシロになる。

「一体どういうことだ?」

 同期のアンソニーが書類を握りしめて天井を仰ぐ。

「そのままの意味だ。この女には八件全てに完璧なアリバイがあった」

「どうなってるんだ。じゃあこの町では別々に九件も殺人事件が起こっているっていうのかよ」

「その可能性が一つ。もう一つは、残りの十件は全く別の連続殺人犯がやった事だと考える説」

「どちらにせよ、あの女は関係無いってか」

「ああ」

「そんなことあるか? あの女はこめかみに一撃決めてるのは確かだ。他の殺人と全く一緒なのに無関係、そんな偶然あるかよ」

「私としてはその偶然があって欲しいが……」

「どうしてだ?」

「それは――」

 その時、第四と第七の犯人が逮捕されたと無線で連絡が入った。

 どちらも違う犯人だった。

 別の連続殺人犯がいたわけではない。しかし、殺し方にも現場にも法則性がある。

 こうなると、私の頭を掠めた突拍子もない仮説が現実を帯びてくる。



『連続殺人という現象だけが伝播している』可能性だ。



 私は居ても立ってもいられず、かつて女を逮捕した張り込み現場に向かった。ここから廃墟を中心とした半径四キロ圏内の通りを見回る。

 もし私の仮説が正しかったとすれば、連続殺人は終わらない。

 人に依存しない連続殺人。そんな事があるのだろうか。しかし、そう考える外なかった。

 何を媒介にしているのか、ウイルスなのか、電磁波なのかはわからない。しかし廃墟で発生した、人の殺人衝動に訴える何かが、この町に波紋のように広がっているのは確かだ。そうでなければ説明が付かない。

 何が原因かは事件を防いでから研究者や科学捜査に任せればいい。

 とにかく今は、この殺人の波を止める事が優先だ。

 私が思いついた波を止める方法は一つだけ。

 未然に波の発生前、即ち殺人前にそれ止めることだ。

 波が発生してしまうと、それは次の波に連鎖してしまう。

 殺人が次の殺人を呼び寄せ、連鎖が止まらないだろう。

 私はすれ違った男のこめかみを撃ち抜いた。

 この殺害現象とも呼ぶべきものを止めるには、一刻も早く、未然に殺害を防がなければならない。

 私は焦る心を押さえて、怪しい人物を探す。

 何処だ、何処にいる――。

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