第2話 共に

 街から飛び出した僕に、明確な行き先はあるかと言うとそんな訳は無かった。


 両親は死に、親交のあった親戚は行方知れず。そもそも、誰かに頼る選択肢があったとしてもそれを選ぶ気は無かった。


 このまま、何処かへ消えてしまいたい。ぼんやりとそんな事を思いながら、僕の足はいつの間にか綾樫村あやかしむらへと向かっていた。


 綾樫村。まだ両親と居た頃の、懐かしい記憶。幸せだったとハッキリと言い切れる数少ない記憶。


 そして、確かにあった人から離れたことわりとの触れ合い。幸せを求めて、僕の不幸に巻き込まれる人を無くす為。多分、そこに向かったのはそんな理由だろう。


 記憶と図書館で調べた情報を頼りに、ついに僕は綾樫村に辿り着いた。いや、元綾樫村と言った方が良いかもしれない。


 綾樫村は廃村になっていた。それまでの道中でそれは知っていたけど、足を止める気は無かった。


 人の居ない、朽ちた家屋と繁栄した自然だけの場所。僕は重い身体で空腹と夕日を踏みしめながら、ここが終わりの場所かと身震いした。


 ──現状を思えば、凄く馬鹿馬鹿しい話だとは思う。


「お? おおっ!! 咲吉ではないかっ! 久方ぶりじゃのう! 立派になりおって、百年くらいか? 髪は染めたのか?」


 思い出の神社、あの時よりも更に劣化が激しくなった社の上に、あの時のままの姿であの時と同じようにムギ姉は座っていた。


 それを見た時、それまでの諦観とか、死への実感とか、全部が吹き飛んで。


「夢じゃなかったんだ」


 僕はただ、あの日の記憶が嘘では無かった事に安堵していた。


「ゆ、夢ぇ!? お主、そんな風に思っとんたんか!? 薄情なヤツじゃ! 鬼じゃ!」


 ムギ姉はそんな風に、怒っていたけれど。





 ☆





「ちょっと待っておれとか言ってさ、三十分くらいしたらこの家が出来てたよね。様式が古風なだけで中は綺麗だし、インフラは何故か使えるし、食材だって」


「何かと思えば、そんな事か。気にする必要も無いじゃろ。ほれ、早よ食わんと冷めるぞ」


「それ、土とか葉っぱじゃない?」


「阿呆ぅ! そんなもん石塊と変わらん畜生共が施す児戯以下の術とも呼べんシロモノじゃ」


「口悪……」


 ムギ姐はぷりぷりと怒りながら、これまた何処から湧いてきたのか分からない一升瓶をそのまま口元に持っていく。


「んっんっ……安心せい。ここにあるモノは全て本物。そこにあるゲーム機だって本物の最新機種じゃし、SSDも積んでおるし、コントローラーも純正じゃぞ。Wi-Fiは無線じゃが」


「ムギ姉が作ったの?」


「うんにゃ、ワシが手を加えたのはこの家だけじゃ。後は……」


「後は?」


「人里からパチってきた」


「……嘘ぉ」


「なっはっは! げふ」


 僕が何とも言えない気持ちになってるのを尻目に、ムギ姉は笑うどころかゲップまでしていた。


「これに使った食材も?」


「もちろんじゃ。こんな廃れた村にまともなメシの種なんて有る筈も無し。食おうと思えば食えるもんはあるが、咲吉に食わすには忍びないしのぉ」


「……ムギ姉が僕を気遣ってくれたのは分かるよ。家はともかく、あのままじゃ僕は餓死してただろうし。それでも、誰かに迷惑を掛けるのは……何というか、嫌だよ」


 なんて虫の良い主張だろうと、僕は恥ずかしくなって、途中で俯いてしまった。


 迷惑をかけたくないとここまで来て、結局死ぬ事も消える事も出来なくて、恵まれた善意に文句を言っている。


 ──言うべきだ。僕の「不運」を。流されて今日まで一緒に居たけど、このままだとムギ姉にだって迷惑をかけてしまうかもしれない。


 そう決心して頭を上げると、机の向こうにムギ姉の姿は無かった。


「ごちゃごちゃと、童が小難しい事は考えんで良い」


 ムギ姉はいつの間にかこっちに来ていて、滑り込むように座る。いつの間にか、胡座をかくムギ姐に包まれるような体制になっていた。


「どうしても頭が回るというのなら、考えてみい。最初にお主を排斥したのは人間の方じゃ。人間という群れが許容しきれんかったから、お主はここに居る。自らを捨てた群れに負い目を感じる必要なんぞあるか?」


「でも、僕は」


「何にせよ、生まれた子を手放したのは変わらん。運が良かろうが悪かろうが、な」


「! 分かるの?」


「ワシもそれなりに化け物やっとるから。同じような性質のヤツも見た事がある。そんなワシが一つ言えるのは……図太く生きよ、じゃな」


 安心せい、人ではないワシにお主の「不運」は効かん。そう囁きながら、ムギ姉は緩く封をするように腕を回してくる。


『ほれ、こっちに来い咲吉。ワシの中に居れば不安なんぞ消し飛ぶ』


 ああ、昔も同じような事をされたな。そう思いながら、僕は甘えるように抵抗らしい抵抗をしなかった。


 嗅ぎ慣れない洗剤に微かな動物の匂いが混ざったような、不思議な匂いが鼻を掠める。


「たとえ人がお主を捨てようと、ワシならお主と生きられる。滅多の事は考えるでないぞ。化け物とて、寂しさは孤独では埋められん。──共に、楽しく生きようぞ?」

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