子供の頃に田舎で出会った狐耳の年寄り口調のお姉さんと再会してなんやかんやするヤツ

ジョク・カノサ

第1話 ムギ姉

 人生であった不幸な事は? と聞かれれば、僕はいくらでも答えられる。でも……幸せだった事は? と聞かれたなら、答えは一つしかない。


「なんじゃ童……泣いとるのか?」


 長い時間の経過によって荒れた境内。そこに朽ちていた小さな社の上に座り、僕を見下ろす人影。


 その人影の頭上には、僕には無い二つの影があった。


「どれ、どうすれば泣き止むかな」


 ふわりと、巫女服姿の影が宙を浮いて、僕と同じ高さに立つ。その光景を見て僕は、ただただ綺麗だと子供ながらに思ったんだ。


 いつしか、涙は止まっていた。




 ☆




 手を洗いながら鏡を見る。そこには隈が目立つ見慣れた僕が写っている。本来なら何の変哲も無い黒髪の筈が、染めるのを怠っていた事で頭頂部が白くなっていた。


「一人でも染め直せるかな……それにしても、本当に問題なく使えるな」


 蛇口から清潔な水から出てくる。ガスコンロが付く。電気が付く。


 普通の家なら当たり前に使えるライフライン。そんな普通に対して、僕は感謝と疑問が入り混じった感覚で接していた。


「うん……こんなもんかな」


 トイレから台所に戻った先にある大きな木製のトレイからは、それぞれの出来立ての良い匂いが漂ってくる。


 ツヤのある白飯。豆腐とネギの浮かぶ味噌汁。アジの塩焼きときんぴらごぼう。それが各二つずつ。だからそこそこ重い。


 注意して持ち上げながら、僕は床板を踏み鳴らす。


「ムギ姉ー。今持って行くから、机の上に何かあったら片付けてね」


 居間に向けた声。返事は無い。何かあったかと、トレイを一旦置いて居間に向かった僕は……小さくため息を吐いた。


「んー……ほれ、こっちじゃ咲吉さきち……」


 髪は乱れ顔には涎。格好は何故か僕の中学のジャージで、足はガニ股。捲れたお腹が痒いのかぽりぽりと掻いている。


 小麦色の綺麗な髪……鋭い刃物のような大人びた綺麗な顔……その全てをここまで台無しに出来るのか。そういうため息だった。


「ムギ姉、ご飯だよ」


「んお……おおっ! メシか!!」


 程なく起き上がった彼女──ムギ姉は僕を見てニッコリと笑い、連動させるかのように頭の上にある大きな狐の耳をピクピクと動かした。




 ☆




 僕──夜鳴咲吉は呪われている。そうとしか言い表せない程に「不運」なのだ。


 僕を産んでから、両親は何度か仕事や私生活で大きな事故に遭った。そして僕が七歳の頃、ついには二人ともが交通事故で死んだ。


 残った僕を引き取ってくれた親戚の家族は、勤め先の倒産や新しく始めた事業の失敗が遠因になって離散した。


 その後に向かう事になった施設は大規模な火災に巻き込まれ、最終的に経営が困難になった。


 全てが、僕がそこに加わった後に起こった出来事だ。


『キミ、可哀想やなあ。不運が身体に染み着いとる。いや、もしくは根本そのものか?』


 ある日、すれ違った霊媒師を名乗る胡散臭い女の人にハッキリとそう言われてから、僕の「不運」は半ば確信に変わってしまった。


 事実はどうあれ、僕にとって僕は「不運」だった。それも自分ではなく、周りに害を及ぼすモノ。


 そうして、最後に僕を引き取ってくれた優しい老夫婦が僕の「不運」を知り、僕に知られないようにとある新興宗教への多額の献金を始めた事に気づいた時。


 僕は少しの荷物以外の全てを捨て、人の住む街から飛び出した。




 ☆





「美味いのぉ沁みるのぉ……ん、ご飯おかわりじゃ!」


「はいはい」


 思わずお腹が空いてくるような気持ちの良い食べっぷりで、ムギ姉は食事を平らげていく。


 ただ、お世辞にも食べ方が綺麗とは言い辛い。今も口元に米粒が付いていることに気づいていない。


「久しぶりにうたかと思えば、美味い飯を引っ提げてくるとは。男子三日会わざれば何とかじゃのう」


「大げさだなあ。僕ももう十六歳だよ? これくらいは出来るって」


「いや出来んじゃろ。年頃の乙女が聞いたら歯軋りしよるぞ」


 新品の炊飯器から湯気が立ち上る。立ち上った先には煌々と光る電球。


 周囲を見回せばそこそこの大きさのテレビがあって、手前には最新機種のゲームとハード、奥にはWi-Fiルーターが置いてある。


 普通の家、だと言っていいだろう。昔ながらの伝統家屋に、今に相応しい文明が携わった普通の家。少しアンバランスだけど、これくらいなら同じような環境が幾つもあるだろう。


 でも……どう考えても異常だった。


 居間を照らす明かりも、机に並ぶ食事も、僕が今座っている家屋そのものでさえも。


 そして、その原因は間違いなく。


「咲吉、どうかしたか? ……む、米粒が」


 僕がジッと見つめていたのに気づいたのか、口元の米粒を長い舌で器用に舐め取る。それも気になってたけど、見つめてた理由はそれじゃない。


「今まで聞かなかったけど……どうなってるの? この家?」


「何か足らんモノでもあったか?」


「そうじゃなくて、おかしいでしょ。──ここ、廃村なのに」

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