第四十話

「……」


 私の問い掛けには答えが返ってこなかった。刹那にお父様は聖教騎士を蹴り飛ばして距離を取った。その隙に自らの剣を抜き放つ。


(よし、お母様はお父様が護る……って、ヤバいの私じゃん!)


 後ろに飛び退くと目の前の聖教騎士が徐に剣を抜いた。その時、なんと私の前にベルナールが立ちはだかってくれた。


「ワイズマン局長、これはどういうことなんですか?」


 この状況を理解しようとベルナールはワイズマンに問いかけているがワイズマンは落ち着き払って一人呟いている。


「ふむ……小役人の精神に同調しすぎたか……本気で苛立ってしまうとはな。しかし婢女のヒステリーなど見るに耐えん……」

「局長! これは――」

「――小役人がこの場で口を開くことを許していない」

「このっ……あっ……」


 何か言いかけたが言葉が出てこないようだ。あたかも神聖な儀式にでも出席させられたような厳かさすら感じる。ワイズマンがいつも発していたのは如何にも小太りの小役人っぽい軽く嫌味な声。今は聞いているだけで不快になる邪悪な、それでいて荘厳さを感じる気味の悪い声だった。

 しかし、この声色には聞き覚えがあった。


「その声……忘れられると思うか……仇敵ミクトーラン!」

「……」


 しかし私の憎しみの視線を全く気にする素振りはない。つまらなさそうに周りを見渡すと私とベルナールに対峙している聖教騎士を下がらせた。蹴飛ばされたもう一人の聖教騎士は起き上がると再度お父様に対峙し直した。


「おいっ! ミクトーラン、聞いているか?」

「公王よ、ここで見たこと忘れれば家族三人でこれまで通り暮らせるが、如何かな?」


 私の向ける血がたぎるような怒りは完全に無視されお父様の方に視線を向けている。視線すら合わせる気はないらしい。あたかも『男同士の会話に女は入るな』と言っているようだ。


「局長……ではないか。貴様が……貴様があのミクトーラン卿なのか?」

「そう呼ばれたこともあったとは思います」

「驚いた。もはや否定もせんのか……」


 お父様が剣を構え直すと聖教騎士も合わせて構えを変えた。すかさず私も枕元に隠していた果物ナイフを取り出しもう一人の騎士に向ける。するとお父様は何故か溜息を吐いていた。


「お父様……?」


 下着姿で騎士にナイフを構える私。それを呆れたように見つめるお父様。まだ困惑しているのが見てとれた。


「サーガ、話は後で聞く」

「あっ、はい……」


 素直に落ち込む。


「ただし、今は褒めておくぞ。良くやった」

「えっ? あっ、はい!」


 嬉しいやりとり(端ないダンスは私が悪い……)をしているとミクトーランがブツブツ言い始めた。


「お前らが私に逆らう目障りな奴らを処刑してくれていることには感謝しているが……」

「ど、どういうことだ?」


 どうやら話の通じそうなベルナールを相手にすることに決めたらしい。困惑顔を見るやミクトーランは尊大に笑い始めた。


「ん? そうか、まだ分からんのか? いやいや、理解したくないだけか。ははは」

「なんだと?」


 底意地の悪そうなニヤケ顔が鼻につく。ベルナールがいちいち反応してしまうので心底嬉しそう。


「生き残った者には態と名前を教えている。名前を教えれば生き残った者は仇を討ってもらおうと騎士団に伝えようとする。それが地獄行きの片道切符だとも知らずにな」

「な……なにを……どう言う意味……っ! まさか……」


 少しだけ呆然としていたが会話の意味を理解したのか瞳孔が開ききったまま震え始めた。


(自らの手で娘の細腕を折り、自らの言葉で死を選ばせたこと、『間違いでした』と言われれば……)


「ははは。私の洗脳化にある者は絶対に私の名前は漏らさない。そこの騎士のように、な」

「そんな……」

 

 悪ガキが自分の仕掛けた悪戯のネタバラシをするような嫌らしさ。


「お前の娘はしっかりと仇の名を覚えていたからなぁ。賢い子だった。よっぽど愚者なら名前も覚えられんかったろうに……うはははっ!」


 膝から崩れ落ちるベルナール。


「騎士ども、一緒に笑え」

「はい。あははは」


 ミクトーランが一言告げると今まで無表情だった聖教騎士は笑い始めた。どこか無表情のままだが一緒に考えた悪戯に引っかかって驚く者を嘲笑うようにも見えた。


「ははは、愉快愉快。さて……小煩い小娘から殺してやろう。ほれ」

「御意」


 剣を抜きながら駆け出すと私へ剣を振り下ろす聖教騎士。感情の揺らぎなど一切見えない躊躇の無い斬撃。全くの不意打ちだったので反応できず、ただ迫ってくる凶刃を見つめていた。

 しかし、その刃は私に抱きついてくるベルナールの姿で隠れてしまった。


(何これ? まるでアマリア様の最期と同じ……)


「ぐぐっ……」


 気付けばベルナールが私を庇い背中を聖教騎士に斬られて呻いていた。


「あぁっ、ベルナール! 騎士ども、来るな、下がれー!」


 抱きつくベルナールの脇から震える手で果物ナイフを騎士に向けると律儀に警戒して少しだけ下がってくれた。その隙に傷を確認する。肩の辺りからざっくり切り裂かれたいたが想定より斬る対象が近くなったので致命傷は与えられていないように見えた。


「何故、何故にこんな無茶を……」


 震える身体は徐々に力を失い私ごとベッドの脇にひざまずいた。ベッドの脇で抱き合う血塗れの男女だが悲劇的なロマンスは感じない。


「何故に……」


 よもや『好きだった』などとは言わないだろうな、何故かそんなことをだけを考えていた。


「贖罪……には足りんか?」


 余裕ぶって無理矢理に落ち着いた振りをしているのが分かる苦悶の声。ここで聖女か何かなら涙を流しながら贖罪を受け入れるのでしょう。

 でも私は違う。


「足りない……足りるわけがない。そうだ、全く足りんぞ」


 荒い息が耳元で私の髪の毛を揺らしている。このシチュエーションに感謝よりも卑怯さを感じてしまう。


「殺人鬼が最後に少女を助けて死んだとしても過去の罪が消えると思うか? お前がこれまでしてきたこと、この程度で許される訳あるまい」

「厳しい……な」


 ここで限界が来たのかズルズルと崩れ落ちて床に転がってしまった。背中の傷を見るが出血も酷くない。肩の骨に剣が当たったのだろう。


「オリオール公の娘は本当に騒がしい。邪魔をするなら先に死を与えるが?」

「……斬りつけさせた癖に良く言う……」


 ベルナールを斬りつけた聖教騎士は剣を構え直すとこちらを牽制するようにしている。こちらもベルナールを無視してナイフを騎士に向けたまま立ち上がった。


「そこの小うるさい雌犬は仕方ないとしても――」

「――何だとっ!」


 私の叫びを無視して話を続けるミクトーラン。


「飼い犬が主人を噛むなど許されることではないからな」

「ぐぐっ……き、貴様の飼犬に堕ちた記憶など無い!」

「ははは! 全くよく吠えるわ。あはは」


 想定通りの反論はミクトーランにとって好物らしい。ベルナール自体が苦しんでいるのは自業自得だと思うのでどうでも良いが仇敵が心底嬉しそうなのは大変ムカつくので茶々を入れることとする。


「はい、どうでも良い話は終わった? ならミクトーランちゃんのアッチの手解きを始めましょうか。さぁ、服を脱いでベッドに上がりなさい」


 なかなかの煽り文句が口から滑るように出てくる。そんなことにアマリア様を近くに感じた。


(やはり……近くで見護って頂けているのですね。アマリア様、サーガは嬉しいです!)


「何だと、この小娘――」

「――この薄らバカ。ナニする為にはナニを出さなきゃいけないことくらい経験が無くても大体分かるでしょ。早く脱いで粗末なモノを出しなさい」


 罵詈雑言を口から吐き出せば吐き出すほどアマリア様を近くに感じた。端ない腰使いを真似てぎこちなく腰を振っていると、視界の外でアマリア様が『もっと激しく、ほら、こうよ、こう!』と一緒に腰を振っているのを感じられた。

 そんな感動に打ち震えているとミクトーランの顔が真っ赤になっていた。


(そして両親の顔は真っ青よ……)

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