第七話

 眉間に皺を寄せるマリア。面倒臭いと言う感情が滲み出ている。


「あらあら。そんなモノに意味は無いわよ〜」


 水筒をサーガに渡しながら適当に返すアマリア。それを受け取りもせず、また食い気味で割り込む。


「じゃあ、貴女達に意味はあるのですか?」


 大人びた辛辣な物言いに聞こえる。


(可愛いなんて言われた後に変な議論をふっかけて、私何してるのかしら)


 本気にしないでね、マリア……と祈りながら顔色を覗くと、残念ながらしっかりと青筋が立っていた。手に持つ水筒が震えている。


(子供相手に大人気おとなげないわ。ただの子供の戯言よ!)


 内心では焦りながらフンと鼻息荒く議論を続ける。


「貴女が属する騎士団にレゾンデートル存在意義はあるのですか」

「んーと、そうね〜……」


 少しだけバカにするような声色。それはそれで腹も立つ。


「あなたの国の騎士団……何だっけ?」


 で、バカにした質問。こうなったら毒を食らわば皿までよ。


黒鎧アミュール・ノワール。五大国の国家騎士団くらいは覚えなさいよ!」


(よーし、このまま打ちのめしてから慰めて時間と親愛を稼ぐわ。完璧な作戦よ!)


 ここで予想外にしたり顔のマリアがすぐに返してきた。


「そう。で、彼らは戦ったことがあるの? えーっと、白盾だっけ?」

「黒鎧! 当たり前でしょ! 五年前の『霜柱戦争』は貴女もご存知なのではないですか?」


 ここ五十年ほどは大きな戦乱もなく平和な世の中といわれている。しかし、我が国アイスバーグ共和国は違う。この平和な期間の間で帝国連邦の中でも実戦を経験したことがある唯一の騎士団を持つ軍事大国だ。


「ふーん。ボロ負けだったそうね」

「最初だけよ。だから我が国の民達は『恥の三日』を未来永劫忘れないわ!」


 開戦初日に拠点を制圧されてから三日間は敗北続きだった。地方都市の守備部隊は実に四個中隊が壊滅したと聞く。ざっと五百人の兵力が三日で失われ、数百人の民にも犠牲が出る痛ましい事態に王宮でも和平の話まで持ち上がったとまことしやかに噂された。


「国家騎士団の黒鎧が進軍してからは連戦連勝よ。二週間で敵国の首都よ」


 黒鎧第一連隊が我が国の辺境に駐屯していた敵国の主力を撃破すると、そのままの勢いで隣国に進軍していった。兵站含めて千五百人は王宮が陥落する迄、碌に休憩も取らず強行軍だったらしいのよ。

 大変自慢に思っているので胸を張る。


「第一連隊だけで一国落としたのよ。そんな騎士団聞いたことないでしょ?」

「で、他の人達は何してたの?」


 一瞬回答に詰まる。しかし強い騎士団の証明にはなった。


「他の連隊は出撃準備していたわ。二の矢、三の矢を放てるようにね」


 マリアの口角がぐっと上がった気がした。したり顔のまま両手を組んでいる。


「ふふん、第一連隊以外は実戦経験無いって聞いたけど……ホントらしいわね?」

「えっ……し、仕方ないじゃない。彼等は強すぎたんだから!」

「だから第一連隊以外は『御飾り』なんて言われちゃうのね」

「五月蝿い!」


 第一連隊は正しく国の英雄となった。逆に実戦に参加できなかった部隊は『何故戦場に向かわなかったのか』なんて批判されていたわ。それからというもの、第一連隊と他の連隊でいさかいが増えたと聞いたこともある。


「あらあら。実践経験は全軍の二割弱じゃあ自慢できないわね〜」

「くっ……」


 腕を組み、自信満々に上から見下ろす。冷静に考えるととても国賓の公女殿下にする態度ではない。

 しかし、今となってはそんな生意気フェイスすら愛らしい。


(マリア、そんな大人気おとなげない所も素敵です……いえ、作戦は変えない。議論で打ちのめす!)


「そ、それは貴女達も同じでしょう!」

「ふふふ、私達は全隊が儀礼用の剣を持って今も戦場を駆け巡ってるのよ」

「今って、いつです!」

「昨日もよ。第二隊は……あらっ。アイスバーグ共和国に派遣されていたわよねー」


 煽るマリアの言葉が突き刺さる。自国の騎士団を役立たず呼ばわりされては沽券に関わる。


「っ! 何が目的で? 我が国の騎士団では――」

「――ダメよ。私達の敵は『赤熱死病』なの」


 噂は本当だった。やはりアマリア様はアメリア姫と同じ……でも次に思い出されるのは皆の醜い噂。


「し、死体を片付けるなんて仕事は貴族の、まして騎士のする仕事ではありません!」


 その一言を待っていたようにマリアはニヤリと微笑んだ。手に持っていた水筒を強引に渡されると、改めて両腕を組んで胸を反らしている。


「ふふん、死体でも感染力は変わらない。特別な術式を学んでいなければ、騎士達でも返り討ちに会うわ」

「えっ? そ、そんなの……卑怯よ! その術式を――」


 術式を独占することで役目を貰っているのなら、それはそれで違う気がする。術式を公開すべき、と声を荒げようとしたが、非難する前に反論された。


「――術式は広く公開されているわ。無論、黒鎧にも」

「えっ? では何故に貴女達が……」

「んふふ、感染するのが怖いんじゃなーい?」


 パッと頬が赤くなるのを感じた。自国の騎士がバカにされている?


「黒鎧は臆病者の集まりじゃない! そんなの……そんな仕事は騎士の仕事じゃない! 騎士は民を、国土を護るのが……仕事……」


 戦さ場にも出れず、敵を打ち倒すこともない。そんな貧弱な騎士団に騎士の誉の何が分かるか、そう口に出そうとした瞬間、自分が間違っていることに気づいた。

 彼女達のしていること。それは正しく民を、国土を病魔から護っている。それは正しく騎士の役目。


「そうよ。私達も何も変わらない。民を護り国土を護る」

「……そ、そんな……」


 ある意味、この国の騎士団は最も実戦を経験している。腰掛け騎士団と笑っていた過去の自分を殴ってやりたい気分だ。


(それはそうとして……可憐な少女を論破して鼻息荒く溜飲を下げるのはみっともないですわ。マリア、貴女、やっぱり器の小さい女ですわね)


「さぁ、帰りましょう。今は貴女を守る騎士なのよ!」

「えっ?」

「ふふふ、可愛い女の子を守るのも騎士の役目」

「えっ、あっ……はい」


 突然『可愛い』と言われると照れてしまうので何も考えられなくなる。俯いて赤くなる頬を両手で抑えることしかできない。


「あら、可愛いわね……って、あらあら……状況が可愛く無いわ」


 ニコニコのマリアだが、ふと怖い声を出した気がした。マリアは私の後ろを見ている? 振り返って様子を窺う。


「えっ? あぁーっ! 何アレ?」

「ホント、何かしらね……って、魔獣の恐慌スタンピード……だな。しかし油断した。こんなに街に近くで発生とは……」


 森の出口から無数の魔獣が出てきて此方に真っ直ぐ向かってくる。

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