プリンセスは筆頭騎士に虹の瞳を見た 〜全てを諦めないサーガ・オリオールという少女の『希望と絶望と逆転の物語』〜

けーくら

Prologue

◇◇◇ 帝国歴 二百八十九年 一月


 氷の国 アイスバーグ共和国



『――ふふふ、あなたは元気が良すぎるのよ』

「アマリア様!」


 暗闇の中、自分の叫び声と共にベッドから飛び起きた。

 ここが自室のベッドであることに気付くと深い溜息を一度だけ吐く。サイドテーブルに置いてある水差しからコップに水を汲み一息で飲み干した。

 全身が汗ばみネグリジェは身体にピタリと張り付いている。不快さに耐えられずベッドから出ると乱暴に脱ぎ捨てた。ひんやりとした空気が素肌に心地良い。

 ふと鏡に映った己の全身が目に入った。


「しかしまぁ……」


 長身で豪奢な金髪は我ながら見栄えが良い。しかし身体の線は極端に細い。健康的な十三歳の少女らしさが全く垣間見えなかった。服を着ていれば目立たないが、手足は針金のようであばらが浮き出る身体に似合った貧相な胸しかない。

 よく言えばスレンダー、悪く言えばガリガリの身体を鏡越しに見つめる。


「必死にお肉やお魚を食べているのに……ホント、身にならないわね」


 十一歳の時、とある事情で満足に歩くことすらできなくなってしまった。水を飲む為にコップを掴む。そんな普通のことすら魔力で腕の動きを補助しなければ叶わない。血反吐を吐くような一年間の訓練を乗り越えて、辛うじて日常生活を営めるようになっていた。


「でも……まだよ。約束を護る為に私はもっと強くなる」


 用意された貴族院の制服を眺めながら決意を言葉に出す。

 すると、刹那に涙が溢れ始める。いつも同じ。との約束を思い出すと胸の奥に黒くて冷たい何かが溢れ出し暴れ始める。

 そして、それを正面から抑えつける。悲しみ、恐怖、そして後悔を決意のみで上書きする。あの人から貰った約束を守る為、呪われた運命だろうが茨の道だろうが正面から突破してみせる。


『こんな私だから、神様はこの氷の国のプリンセスに真逆の炎の力を与えた』


 今は感謝している。全てを凍らせるより全てを焼き尽くす方が私には似合っている。泣きながら、震えながら、それでも最初から最後まで悪夢を思い出す。

 そう。それは、正しく夢のような体験だった。



――絵本の中の出来事のような夢


 私の炎を初めて褒めてくれた。最悪な出会いから始まった一日。絵本の主人公になったような楽しい一時。

 そう、私はいつもあの人を思い出す。



――叫ばんばかりの悲劇のような夢


 自らの無力さを思い知らされるだけの時間。私が強ければ、私が森に出掛けたいと言わなければ、私がこの国に来たいと思わなければ、私がに会いたいと言わなければ。



――全てを呪いたくなる地獄のような夢


 永遠に繰り返されるかのような地獄の日々。とても人が人にして許されることじゃない。それでも私は受け入れた。これは私の罪だから。



 そう、夢じゃない。

 過去の思い出、現実に起きたこと。

 それらは私の中の真っ黒な後悔を強く強く押し固める。

 そして、その奥に決して忘れることのできない呪いを形作った。


 でも、それは、それこそが『私の決意』そのもの。


 既に涙は止まっていた。


「アマリア様。お約束は必ず果たします。だから……だから、まだ見守っていてくださいね」

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