第34話 二人の行先

 都市ディアマンテ。

 空湖チエロラーゴの向こう側で世界を照らす青髪の天空神の双眸は明るく世界を照らしている。

 マルテはここ最近、あることに直面していた。


「また、あたしのベッドで寝てる……」


 ルブアルハリの魔力汚染領域から帰還してからというもの、アウレーリアの寝る場所が何故だか固定された。


「なぜかあたしの部屋に……」


 作り物めいた美貌が朝起きて目の前にあるというのは寿命が縮まる思いをしてしまうのだ。


 あまりにも驚愕しすぎて、今では何も気にしていないように無防備に眠る彼女の姿を見ていると、なんとも言えない気持ちが湧き上がってくるほどだった。

 ベッドは二人で使っても余るくらいには大きいし、誰かが隣にいるというのは母と一緒に眠っていた幼少期を思い出してどこか安心する。

 ただ気恥ずかしいというか、なんというか。沸騰しそうになる水というか。


「……いやいや」


 手を数度わきわきさせて、マルテはそっとベッドから降りてキッチンへと向かう。


「さて、朝ごはん朝ごはん!」


 南方風はアウレーリアを満足させるが、そればかりというのは芸がないというもの。南方以外でも満足と言わせたくなる。


「北方風はやっぱり希望はないから。今日は西方諸国風にしようかな」


 これをアレンジして今日もアウレーリアに満足と言わせるのだと瞳を燃やしていたところでマルテは驚くべきものを見た。


「え、アウレーリアさん!?」

「早いのね」

「それはこっちの台詞ですよ!?」


 しっかりと、さらに普段よりも重厚そうな衣装を身に纏ったアウレーリアの姿である。

 起こさないければいつも昼まで眠っているような人が、マルテが目覚める時間――つまり天空神チェーロが起きる時間――と同じ時に目覚めているというのは驚愕を通り越して疑うようなことである。


「え、もしかして今日、世界滅びちゃうんですか!?」


 このようにマルテが驚いてしまったのも仕方ないことであろう。

 こうもはっきり朝の支度ができていれば、そう疑ってしまうのも無理からぬことだった。


「なんで?」

「いえ、こんな時間に起きてるから……」

「ああ、うん。冥界行くから」

「なるほど、冥界。お出かけでしたか。だから……え、冥界!? え、いきなりどうして!?」

「この前、冥界への通路を見たし、魔力汚染の元凶がいたからね。倒してこようかなって」

「だ、だからって……死ぬってことですか!?」

「なんで?」

「だ、だって冥界ですよ!? 死なないといけないところなんじゃ?」

「だから、今日まであなたと一緒に寝ていたのよ?」


 マルテはアウレーリアの返答の意味が分からず頭の上にハテナが浮かんでしまう。


「あなたについていた冥界の残り香を頼りに冥界への道を特定してそこへ行く魔法を作ったんだから」

「え、に、においます!?」

「ううん? 良い匂いだよ?」

「いっ!?」

「じゃあ、行くから」


 一緒に寝るようになったのはそういう理由があるとか、アウレーリアらしいというか。ちょっとムカツいた。

 そんなことを思っている暇はないとマルテは思い直す。


「ま、待ってください。一人で行くつもりなんですか?」

「行くわよ。大本をどうにかしないと解決できないしね。ルブアルハリの問題も解決したし、わたしがいなくてもあなたがいれば魔力汚染の進行を止められるし」


 アウレーリアに何を言っても止まらないのはわかっている。


「それに救うために殺し過ぎたわたしが、いつまでものうのうと生きていていいわけないでしょう?」

「あたしも行きます」

「そう言うと思った。良いわ、一緒に行きましょう」

「普通に駄目って言われると思ってたんですけど、良いんですか?」

「どうしてかはわからないけれど、あなたと離れたくないって思ってるの」

「……期待しても良いんですか?」

「何を?」


 この人はこうだよなとマルテは溜め息をついた。

 でも少しくらいはしてもいいのかもしれない。


「準備してきます」


 マルテは朝食の準備を取りやめて、冥界へ行く準備を整え庭に出る。 

 アウレーリアが魔法を使うと漆黒のゲートが開いた。


「行ったら戻れないわね、たぶん。それでも行く?」

「アウレーリアさんが行くなら行きます」

「そ」


 どこか満足そうに微笑んだアウレーリアがマルテに手を差し出した。


「行きましょうか」

「はい!」


 マルテはその手を強く握った。


 それから魔力汚染は起こることは二度となかったという。


 ●


 数百年前の竜災のおかげで空湖が半分となったとある都市。

 陽光と揺れる明かりの中にある冒険者通り。

 いくつもある屋台の一つに、二人の女性が立っていた。


「タレかしら」

「塩が良いと思いますよ。ここのタレ辛い系ですし」

「わたしは気にしないわ」

「好みくらいは気にしてくださいよ……」

「だってあなたの作る料理の方が美味しいもの」

「……そんなに言って美味しいご飯しか出て来ませんからね!」

「好きよ、あなたのそういうところ」


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心ない最強魔女と底辺冒険者の世界の救い方 梶倉テイク @takekiguouren

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