第7話

以前までの仕事を退職して精華院の用務員になると両親に話したときは大層驚かれたものだがもうお前は一人前だから好きに生きて理不尽に死ねという人としてどうかと思われるお言葉を頂き、付け加えられた妹に恥をかかせるような真似をしたら殺すとのありがたい脅迫も頂いた。あんなに感情のこもった親父の言葉聞いた事ねえよ。(震え声)


妹に報告したときも大層驚かれたが「じゃあ、お兄ちゃん部活終わるころには一緒に帰れるね!その時には荷物持ってほしいな~って、…ダメ?」との交渉を受け一緒に帰れる時にはなるべく帰る宣言(またの名を妹の荷物は兄が持つ条約)が締結された。あまりにも理不尽であるが我が家において妹の発言は何よりも重いため当方に拒否権は存在しなかった。まぁ可愛いから許すが。ちなみに勝手にルシファーが「急に筋トレをしたくなる」催眠をかけてチェックしやがったがちゃんと効いたので依り代体質はなかったらしい。必要なのは頭で理解したが心が許せなかったのでとりあえず逆さづりにはしておいた。


さて、問題一番の問題であった用務員として採用されるのかという問題は結論から言うと無事に合格した。まぁ催眠があるから落ちるはずがないんですけどね。


とはいうもののもし面接官が俺と同じように聞かない体質だった場合自力で面接を勝ち上がらなければいけなかった為催眠があるとは言え油断が出来なかったわけである。まぁちゃんと聞いてくれたのとクソ上司に現場の手伝いに行けと言われて慈悲でとる羽目になった数々の資格群が俺を救ってくれたのは疑いようもない。ありがとう、電工2種。


とはいえ面接自体は催眠が掛かっていたとはいえ真面目にやったので齟齬も出ないように工夫はした。辞める理由を話したときに面接官で警備主任の巌流島さんは目頭抑えてたけど…まぁ話した所で特に面白みもない一般的な面接風景だったので割愛させていただこう。同伴していた面接官の鬼瓦さんもマジで怖かったが案外話してみると気のいい人であった。されど齢60を超えてなお俺の太ももに迫る上腕二頭筋には威圧されっぱなしだったが。


そう、何はともあれ合格したのである。前の会社は退職代行を使って飛んだので問題なし。まぁ仲の良かった同僚も「しんどかったもんな…。幸せになれよ…。こっちはこっちでカタつけとくから。」と快く送り出してくれた。お祝いの言葉そいつ一人しか来なかったが。


そして今日は面接の月曜日から一日たった火曜日、火曜日らしく九月だというのに残暑が厳しい事この上ないが俺は今ピッカピカの用務員一年生として問題の舞台私立精華院女学園高等部学舎の前に立っている、にこやかな笑顔で挨拶をすることも忘れない、なにしろこれがルシファーと相談して決めた最初の選別作業なのだから。

その名もずばり挨拶されたら返さないといけない催眠を飛ばして挨拶しなかった人が依り代だよね作戦。あまりにも安直な手ではあるがこれで依り代をしらみつぶしにしていくのだ。やっぱり力押しできる状況だったらする方が得だって婆ちゃんも言ってた。我が祖母ながらちょくちょく脳筋なのは何とかならなかったのだろうか。

にしてもお嬢様学校ってマジで車登校するんだ、我が妹はチャリ通学だったがそういえば物珍しい目で見られたと言っていたがこんなのが普通のお嬢様たちからすればさもありなんといった風情である。


朝立ち(卑猥ではない)をする事20分。

挨拶がずっと返ってくることに違和感を感じつつも笑顔を崩さないまま応対する。

あと20分で朝礼が始まる時間帯なのでだんだんと焦燥感が強まっていく。この通学ラッシュの時間帯が過ぎれば一般的な登校時間には登校していない可能性が高い。

何しろこの登校時の朝活が効果を発さなかった場合はこの学校に存在する16近い朝練を行う部活に所属をしているか、もしくはここ高等部ではない中大のいずれか、あまり考えたくはないが芸能人で催眠波による特定を行った時だけ登校していたなどとの可能性を考えざるを得なくなる。さすがに初日からあたりが引けるなどと思い上がるつもりもないが成果が出ないのは心に少し来るものがあるな。



「ッ!来たぞ!催眠に掛からなかった!」


脳内でルシファーの声が響く。より気合を入れて挨拶に励む。挨拶に励むってなんだよ仕方ないだろこんな状況なんだから。(混乱)だがこんな外野から見たらアホ極まりない状況であったとしてもやっているこっちとしては真剣と書いてマジと読む状況なのだ。ワンミスで人類滅ぶんだぞ致し方ねえだろ多少はよ。(謎ギレ)


とにかく反応があった集団を確認するッ!女子の二人組が二つに一人で歩いてくる編成ッ!勝負は一瞬で決まる…ッ!


「おはようございます!」

「ごきげんよう。」


この子達ではない…!


「おはようございます!」

「おはよーございまーす。」


この子達でもない!


「おはようございます!」

「…っす。」


この子…か?ルシファーどうなんだこれ!?会釈はしてくれたがこれは挨拶なのか!?挨拶と認識していいのかッ!してくれたといえばしてくれたししていないといえばしていないラインではあるがッ!?判断を寄越せぇッ!さぁッ!速くぅッ!


「この子…だろう!うん!この子だ!私の催眠は挨拶をされたら挨拶を必ずする催眠だ!当人の意志に関わらず必ず挨拶と認識できる言語を発するようになっているはずなんだ!先ほどまでの生徒の子たちもきちんと「発声」をしてくれていただろう!だがあの子はともすれば呼吸音だッ!つまりあれは催眠に掛かっていないと断言しても判断していいだろう!多分!」


なぜ真剣に挨拶の定義について考えているのか自分で自分に問いただしたくなってしまうがここはもういい思考を止めろ。不安にはなるが四の五の言ってはいられない。あの子に天使どもより早く接触してこちら側に引き込まなければッ!だがどうやって接触すればいいッ!?何かッ!名前を知るきっかけを得なければッ!


「あ、お兄ちゃん!おはよー!」


なぜここに…ッ!と思ったが我が妹はそういえば高1であった。じゃない!今はそんなことを思い出している場合では…ッ!


「あ!メグミちゃんもおはよー!」

「ん、おはよアヤ。いっつも思うんだけど自転車でここまで来るのって大変じゃないの?精華院の激坂普通にしんどくない?」

「なんで?自転車で10分だし坂道は歩けばいいだけだから全然しんどくないけど?っていうかいっつもそれ聞くよね?嫌味?」

「ふふっ、ごめんごめん。こうやって気安い話しできるのアヤくらいだからさ」


メグミ…?この子の名前か…!そして思った以上に妹と仲が良さげだ、これはいいぞ!妹よ悪いがお前をダシに情報を集めさせてもらうぞ…ッ!


「じゃ、お兄ちゃん。行ってきます!お仕事頑張ってね!」

「あぁ、行ってらっしゃい。しっかり勉強してこい。」

「はーい。」


「お兄ちゃん用務員さんになったんだー。」「なんか学校に家族が働いてるって嫌じゃないの?」「帰りの時に荷物持ってもらうから全然おっけ!メグミちゃんも一緒に荷物持ってもらう?」という会話を背中で聞きながら俺は満足感に満たされていた。

…あれ?これミスった?


「とんでもないポカミスだねぇ!一体何やっているのかな君は!妹か!?やはりあの妹の前ではかっこいいお兄ちゃんしかしたくないってんだねぇ!?」


ええい囀るな脳裏に響く!…まぁいいじゃないか情報が全くの0から1にはなったんだ。しかも身内が情報源になる特大チャンス付きだぞ、これはもう倍プッシュなんてもんじゃないだろうが!9割方勝ちっつったっていいだろこんなもん!


「そんな訳が無いねえ!妹経由でコンタクトをとらなければならない以上接触する難易度がブチ上がってるねぇ!依り代の話をするにしても友人の兄から二人きりで話がしたいなんて言われて突然天使が君の体でどうのこうの言われた日には私たちが一番危惧している公権力によるお世話が待っているねぇ!さぁ私の危惧は話したぞ、どうやって通報されないように依り代の話を持っていくのか!じっっくり聞かせてもらおうじゃないか!」


くっそ、この悪魔無駄に口が強い…!しかし今回の失態はあまりにも俺の自業自得が過ぎるためどうにか対処法を考え出さなければ…!あ、そうだ


いっその事アヤに全部話してアシストしてもらえば良いんじゃね?


「…は?」

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