第2話

むかついたので振り回しながら家に向けて歩くこと5分。最初のほうには「ゴメンナサイ!アーゴメンナサイ!ユルシテ!ルシバターニナッチャウ!」などと元気に叫び声をあげていたのだが後半はもう「アウアウアウアウアウ…キュー…。」と声にならない声しか上げなくなっていた。特に問題はないが。

そして机にバターになりかかっていた小動物を机の上に置き尋問…もとい事情聴取が始まった。できる家主はお茶を出すことも忘れない。飲むのか知らんけど。


「それで?お前は一体何なんだよ。」

「わかったよ~…。とりあえずどこから知りたい?今なら出血大サービス!私のぉ⤴スリーサイズとかぁ⤴気になるぅ⤵?」

「とりあえずなんであそこにいたのかから話せ(ガン無視)。」


「ウーワオモシロミネエー」という発言を耳に入れないようにしながら話すように視線の圧を強める。1秒、2秒、3秒と沈黙の間が空くことに懊悩の表情が強まっていくが観念したようにため息をつきながら話し始めた。


「えーっとね、経緯というか問題の発端は我が世界のエネルギー事情とか政治形態とかの問題が高度に絡んでくるのでまずは私の生まれ故郷の話からさせていただいてもいいでしょうか?」

「さっきまでの温度感との落差で風邪ひきそうになるわ。最初からちゃんと話せよやんごとなき事情がちゃんとあるんじゃねえか。」


「あんまりこういうのって巻き込むのよくないかなって思ってたの!あ、催眠に関してはマジで一宿一飯いただいて世界情勢把握したら終わるつもりだったよ。まさかこんなに早くあたり引けるとは思わなかったけど。」


「とりあえず話を始めるね。」と言いながら虚空からホワイトボードを取り出してふよふよと浮きながらホワイトボードマーカーでいろいろと単語を書いていく。


「まずは私の出身世界の話をしますがあなた達の言葉に当てはめるのならば天国って呼んだら通じやすいのかなーと思います。実際に天国という名前ではないしちゃんと地球に該当する呼び名もあるんだけどこの世界の言語で発音ができないから一旦当てはめるね?それから天国に住んでいる生命体の事も便宜上天使って呼ぶから。」

「ちょい待ちなんで天国なんだ?悪魔界的な感じの呼び方でもいいんじゃないのか?」

「住んでるやつらの特徴が君のイメージする天使に外見的特徴が一致するからだよ。もちろんあたしも同じ~キラキラ美少女でごめんね?…それにあいつらが天使なら私は悪魔になるし。」


斜め四十五度の角度を駆使しながら小首をかしげて謝られるだけで人とはこんなにむかつけるのだなぁ。(詩人感)別に天使といえば美少女というイメージが一般化されているわけではないが…まぁそこは置いておこう。話が進まない。


「まぁ、仮称天国は私が今ここにいるみたいに次元を超える技術を持っています。そしてあなたには効かなかったけれど催眠みたいなあなた達人間の意志を真っ向から無視して言う事を聞かせられるような技術も持っています。今のところ勝てる要素は特にありませんね?」


勝てないのはそうなんだけどお前でかでかとホワイトボードに催眠って書くのやめろマジで。変なおじさんのほうを連想しちゃうでしょうが。…俺も疲労で頭がダメになりかけているみたいだ…とりあえず疑問を投げて話を進める。


「そんだけ技術差があるのならなんだって地球に来る?地球に天国で産出されない資源でもあるのか。」

「君は頭がいいねえ…これでもう少し扱いが丁寧だったらさいこうなんだけど…、話が早いのはいいことだよ。」


口角を吊り上げながらこいつは笑う。心底愉快そうに、まるで用意していた罠に獲物がかかりかけているのを見る狩人のように。


「あんまりこんな言い方もよくはないのだろうが資源とはまさにこの地球に住んでいる君たち人間だよ。」


ふと急に背筋に寒気が走った。世界から雑音が消えて目の前のナニカからしか音が発せられなくなったかのように。


「次元をまたいで生きている生き物を発見した僕たちはまずはコミュニケーションをとれる知性を持っているのかを確認した。社会的生物として一定水準を持ち得ながらも相互理解の面において限りなく難がある。そしてあの世界の学者連中は私たち精神的生命体のように融和と団結、博愛を旨とする高尚な生物形態と比べた際に肉体的生物は孤独と敵対のみを振りまく劣等種族であると結論付けた。」


されど、と声が続くがもはや何を言っているのかがわからない。


「この人間と自らを呼称している生物種は我々天使たちにとって非常に有用な感情エネルギーを放出することが研究によって判明した。我々の抱えるエネルギー問題を根本から解消するほどの途方もないエネルギーを彼らは感情表現の一環として放出している。ならば優等種である我々が利用し管理することが双方にとっても良いことであると、そう学者連中は決めたんだよ。」


何を言っているのがよくわからない。まったくもって自分の知らない世界の話を聞いているように内容が耳に入るのを拒否しているかのような感覚。


「なかなかにふざけているだろう?むかつくよねぇ?何様なんだろうって私も心底から同意するよ。だからここで私は君に一つの契約を提案したいんだよ。」


そう囁いてくるこいつは先ほどの自任のように悪魔の囁きを俺に囁く。


「私と仲間たちはそんな一方的な搾取は認められないと連名で抗議文書を出した。あまりにも自らを高く置きすぎていると、彼らには知性があり我々の一存で知的生命体の行く末をどうこうするのは傲慢に過ぎる。そもそも生命の尊厳を踏みにじるのはいかがなものか、みたいなね。主になったのは私と6人だったが結構な数がいたんだがねぇ…。主流と対立して我々は敗北した。結果、私は排斥されこの世界に逃げ延びてきた。ほかの仲間は力をそぎ落とされ封印された、君たちでいう手足を切り落とされてね。」


私がここに来るまでにごく少数で次元突破の術式とか走らせたんだけど二度とやりたくないねえ、などとのたまっているがあまりにも急な展開に思考が追いついていけない。目の前に座っているナニカはその目にありありと憎悪を浮かべながら絞り出すような声音で宣言した。


「だから私はあいつらをぶち殺してやるんだ。そして、そのお手伝いを君に頼みたいんだ。」

「…俺に何をやらせようってんだよ。」


そういうとその言葉を待っていたかのようにホワイトボードを叩き盤面が半回転する。そこには今時見ない羊皮紙が張り付けられていた。


「契約をしよう、御影相馬。私は必ずあいつらをぶち殺して、結果的にこの人間の世界を天国の手から守ると誓おう。だから君には私の手となり足となり時には剣になってもらいたい。悪くはない契約だと思うが?」

月光が差し込む。窓を背にした悪魔の顔は見えない。ここでどうこたえるかによって自らの人生が変わってしまうことを実感する。なぜ自分はこんなのにかまってしまったんだという後悔が自分の身を焼く。焦燥をそらすために口が回り始める。

「手となり足となりって…いったいなにやるんだよ…?」


「私がこの人間社会でやっていくにはあまりにもリソースが足りない。時間もなければ金銭?なるリソースもない。これを解決するにはすでに持っている人のものを使うのがいいだろう?そしてここから話すあいつらがこっちに来るための手段を潰すためにも人間の協力者が必要不可欠なんだ。そしてその協力者には君のような我々の催眠が聞かないものが必須になる。」


つまり、君のような。と独り言ちながらこちらに同意を求める目を向けてくる。自分の口角が上がっているのを自覚したのはこの時だろうか。


「だから、どうか、私の手を取ってはくれないか?」


短い手を伸ばしながらそれは問う。あくまでもこちらに主導権を渡しながら、されどこちらに選ぶ選択肢はないことを知りながら。なぜ俺なのか?その問いが頭を回りながらも霧散する。そして一瞬の思考の猶予を得るために鎮座しているホワイトボードの背後にある外とつながっている窓ガラスを見た。普段ならば外に電柱が移っているだけの見慣れているはずの風景はそこにはなく。

形容するのならば卵と翼、そしてわざとらしいほどの純白と捕食を想起させる歯のみで構成されたおよそ生物とは形容できないナニかが窓から俺たちをのぞき込んでいた。俺から驚愕の表情を読み取った生物も背後を振り返る。

刹那、声を発する間もなく俺の自宅だったアパートの1DKは瞬きのうちに廃墟と化した。

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