第12話 今日に限っては酒に溺れることを決意した29歳
あぁ、何だかんだで怒涛の一週間が過ぎ、今日はもう華の金曜日の夜。
そしてとりあえず俺は今、当初の予定通り、大衆チェーンの焼き鳥屋のテーブル席にいる。
週末なだけあって、賑やかで混み合っている店内の中、テーブルを挟んで俺の真ん前には本田。その本田の隣には中村と大久保といった後輩たち。そして、俺の真隣にはあの隣の部署の美女、大塚さんが座っている光景...。
てか、本当に来ちゃったよ、彼女。
「ねぇ、ねぇ、大塚さんは本当に今、彼氏いないの?」
そして、本田。お前はまたデリカシーのない不躾な質問を彼女に...。
多分、大塚さんってそういうの聞かれるのあんまり好きじゃない性格だろ?
「はい。残念ながらいないんです。本田さん達はいるんですよね」
「うん。俺も中村も大久保もいるよ。フッ、いないのはそこの会長である松坂さんだけかな」
「いや、誰が会長だよ...」
それに、そうやってまたお前は俺のことを話に出してネタにして...
「フフッ、でも本当に意外ですよね。松坂さんは何で彼女を作らないんですか?」
そして、隣で優しい声でそう口を開くのは、俺と同じレモンサワーを注文して、可愛くグラスに口を運んでいる姿の大塚愛菜さん。
いつもは、とりあえず生ビール派の前の野郎ども3人から、『一人だけ違うものを頼むなんて歳上なのに常識がわかっていないっすねー』と小言を叩かれるのが一種の様式美のようになっていた、ビール嫌いの俺だが、今日は彼女のおかげでその小言も回避。
あと、話を元に戻すけど、俺に彼女がいないことが意外?どこがだ。必然だろう。
まぁ、優しい彼女のことだから、社交辞令で言ってくれていることは間違いないのだろうが...。
「いやいや、作らないんじゃなくて、できないだけだから。もう完全に諦めてます」
そう。ここで『うん。作らない』などと言ってみろ。
心の中でいや、お前は作らないんじゃなくて、できないだけだろ。と呟かれることは間違いないから、口から出る言葉には要注意。
「えー、そんなことないですよー。もったいないです。ちなみに松坂さんって、どんな女性がタイプなんですか?」
「えーっと...」
そして、やばい。そう。かなりやばい。
バカすぎてやばい。
何だろう。あいつ等があんな感じで彼女が俺に脈があるんじゃないかなんて馬鹿なことを言ってくれたせいで、ここ数日、そんなことはありえないのにバカみたいに変に彼女の言葉ひとつひとつに意識をしてしまっている糞みたいな自分がいる。
全く意識なんてする必要ないのに、マジでバカかよ。俺。
おかげで、ところどころ今日もさっきから、上手く彼女の質問に言葉がでてこないといった非モテな部分が顕著に現れてしまっている哀れな自分が存在する始末。
「......」
あと、何だ。大塚さんって酒に酔ったらこんな感じになるのか?
私、お酒は強い方ですとか言ってたけど、見ている限り結構弱くないか?
何というか、全然変な酔い方をしているとかではないけれど、如実に酔いが顔に出るというか、今もほんのりと頬にチークを塗ったような照れ顔とでも言うのだろうか、目も若干とろんとした表情で...さっきから彼女の顔を直視できない。
だって...
ちょっとこれは...か、可愛すぎないか?
真隣といった至近距離でこれはさすがに破壊力がえぐい。えぐすぎる。
「フフッ、松坂さんのタイプ、実は前から聞いてみたかったんです」
しかも、声もというか話し方も...
普段は可愛くもハキハキ喋るイメージの彼女だけど、何と言うか今隣から聞こえてくる彼女の声は、酒のせいもあるのだろうか、普段よりも明らかに甘ったるいと言うか...。
それに、笑い上戸...?
いや、そんな下品な笑い方ではもちろんなく、さっきからその小さな両手を可愛く口に当てながら、ニヤニヤとした表情で俺の顔をのぞき込むように上目遣いで見つめてくるような仕草を何度も隣からしてくる彼女。
「ふふ、大丈夫ですか。松坂さん。もしかして酔ってます?」
そして、このさっきから瞬間瞬間でそっと優しく腕に手を添えてくる彼女のボディタッチ。
普段、彼女から全くボディタッチなんてされてこなかった分、いくら酔っているとはいえ、これは...
「え、いや、大丈夫」
酒のせいもあるのだろうが、情けなくも、彼女のあざといと言っても過言ではない仕草の連発に頭が真っ白になってしまう俺が今ここに。
そう。これまでモテてこなったかった弊害が今まさに...
顔が熱すぎてやばい。絶対に真っ赤になってるだろ、これ。
やばい。絶対に、絶対にこれ、彼女、心の中で、『うわーこいつチョロ、童貞まるだしじゃん。キモッ』とかバカにされて遊ばれているだろ、これ。
やばい。やばすぎるって。
「あ、松坂さん。グラス空です。フフッ、次何飲みますか?」
「えーっと、じ、じゃあ梅酒で」
「他の皆さんはどうしますか?」
「あー、俺達はまだ大丈夫だからお構いなく」
「じゃあ私も松坂さんと同じ梅酒にしよっと」
よ、よし、上手く言えた...って、アホか。ただの注文。当たり前だろ。これぐらいも言えなくなったマジでヤバいだろ。いや、ちょっと真剣に頭がやばい。
「店員さん、梅酒2つでお願いします!」
あれ? 今のハキハキとした感じ...意外にそこまでまだ酔ってないのか?
やっぱり、彼女って酒強い? 実はまだ全然余裕?
それとも俺が弱いだけ? でもさっきは...あれ? 何か色々とまたわかんなくなってきた。
「おーい、松坂さん。さっきの彼女の質問の答えはどうしたんですかー。松坂さんのタイプの女性、俺達も知りたいでーす」
そして、マジでこいつ等...
3人ともニヤニヤと。こいつらに関しては今すぐにでもぶん殴りたいただの野郎のニヤケ面。
もう、現に俺のその質問に対する回答に対して、口撃して笑いものにする準備は万端といった面をしてやがる。
何だ。なんて答えるのが一番ダメージが少なくて済む...。
駄目だ。本格的に頭が回らない。
「.....」
しかも、目の前のこいつ等だけではなく、この答えによっては絶対にさっきからずっとすぐそこのカウンターに、一人で座って静かに飲んでいる彼女からも家に帰ってからバカにされることは目に見えてわかっているからな。
そう。今もちょっと視線をずらせばそこに見える
隣人の高崎に。
今日はもう本当に色々とめちゃくちゃだ。
まさか本当に来るとは思っていなかったからな。
「.....」
たまたま、昨日の夜に近くのスーパーで彼女と一緒になった際、ふと今日のことを話に出してしまった俺がバカだった。
『何それ。めちゃくちゃ面白そうじゃん。次の日また休みだし、私が女目線で脈ありかどうかチェックしてあげるよ』とかいう話に流れでなって...
絶対に冗談だと思っていたのに、マジで仕事終わりに来やがったからな...
まぁ、今の俺のこの状況から見ても、もうこのダサすぎる姿を酒のツマミにされて帰ってからも笑われるのは確定みたいなもんだからどうでもいいけどな...。
「.....」
あぁ、もう本当に今日は限界まで飲んで酔いつぶれてやる。
わからんけど、最悪の場合、家が隣の彼女が酔いつぶれた俺を連れて帰ってくれる可能性もなくはない...。
いや、ないか...。
まぁ、もうどうでもいいけど、男、松坂 透。
初めて酒に溺れてみようと思います。
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