第6話 帰りの電車を待つ29歳


只今、夜の8時。すっかりと暗くなった夜空の下、俺は会社最寄の駅のホームで静かに鞄を片手に帰りの電車を待つ。


残業は相変わらずではあるが、今日はかなり早く会社を出れている方だ。


現に、ホームには俺と同じ様にスーツを着た、今から自宅に帰るであろうサラリーマン達の姿がそれなりの数、ちらほらと見える。


「.....」


そう言えば、結婚をして子供もいる者の中には、この帰宅のための電車の中などの時間だけが、一日の唯一の自由時間だと言っていた者がいたが...


じゃあ何で結婚したんだよ...なんて考えるダサい自分がいた時期はとうの昔に通り過ぎたな。


そう。あれはただの惚気のろけ話だ。


さすがに30歳目前になればそれぐらいはわかる。だいたい、そういう奴らは毎日が充実していて幸せだからこそ、そのような言葉が口から出る。


もう、生涯独身が確定している様な俺みたいな男は、相手に対して「充実してるなー」程度の肯定の言葉でその話を受け流すのがベストだろう。


「松坂さん!」


そして、そんなことをぼーっと考えていると、何だろうか。背後からは女性の声。


「あぁ、大塚さんか」

「お疲れ様です!遅くまで残業ご苦労様です!」

「いやいや、そっちこそ」


そう。後ろにいたのは大塚 愛菜

今日のお昼にも話をした記憶のある会社の歳下の女性。


相変わらず笑顔が眩しい。眩しすぎる...。


「あれ、そう言えば...大塚さんて、帰りあっち側のホームじゃなかったっけ」


そう。何でいちいち彼女の帰り方面を覚えているのかと言われれば、ただただ気持ち悪い男扱いをされてしまうのかもしれないが、単純によくあっち側のホームに彼女がいる姿をよく目にしていただけ。


「フフッ、急行が来るまで時間がかなり空いてしまっている最中さなかに、たまたま松坂さんを見つけたので来ちゃいました!」


来ちゃいました!


か...。その笑顔でその言葉は破壊力がえげつないな...。


マジでかなり昔の、女性の脈ありサインとかそういうのを熱心に調べていた頃の哀れな時代の俺なら、一方的に勘違いして好きになちゃってただろうな...これ。


でも、これも今の俺ならば、ちゃんとわかっている。


脈ありの女性は、笑顔を頻繁に自分に見せてくるみたいなことが確か昔に呼んだ本には書いていたが、それはあくまで自分にだけ特別多く笑顔を見せてくる場合に限ると、かっこ書きでしっかりと記されていた。


そして、今も俺に向けられている、この彼女の溢れんばかりの笑顔は、いつもしっかりと他の人達にも満遍なく向けられている。


加えて、さらに脈ありの女性はじーっと見つめると高確率で目を逸らして来ます。とも、その本には書かれてあったが...


「ふふっ、ちょっと何ですかー。 私の顔に何かついてますか?」


そう。当たり前の様にわかってはいるが、じーっと彼女の目に視線を向ける俺に対して、大塚さんは全く目を逸らさない。むしろその破壊力抜群の笑顔のまま俺の目を見つめ返してくる始末。


そして、その視線に対して逆に目を逸らしてしまう俺...。


相変らずダサいな、俺。ダサすぎる。

自分で言うのも何だが、さすが非モテの代表格...。


視線を戻すと、まだじーっと俺の顔を面白そうに微笑みながら見つめてきているし...。


完全にオモチャにされてるな...。


要は脈ナシも脈なし。


まぁ、だからこそ、こんなに美人で愛嬌のある彼女でも、俺は普通に話ができているつもりになれているんだけどな...。


そう。高崎を相手にしている時と同じだ。

そういう関係になれないことが明確にわかっているからこそ、何の意識もせずに話ができる。いわゆる自然体というやつだ。


「あ、そう言えば、お昼にしていた淡路島の話なんですけど。松坂さんはここ行きました?」


そして、今度はそう言って俺の隣に肩を揃え、自分のスマホの画面を見せてくる彼女。


「.....」


それにしても...


変な意味は全くなく、何で大塚さんはこれで彼氏がいないのだろう...?

容姿は言うまでもなく、愛嬌◎、性格◎、気遣い◎


この前も俺の先輩の同期の男が告白して駄目だった噂とかも流れてきたし、完璧すぎて、釣り合う男が周りにいないパターンだろうか?


それとも、本当はいる?


まぁ、そんなことは何でもいいけれど。意識はしていないとはいえ、やはりこんな美女から至近距離で、こうもずっと目を見られながら話されると、あらためて頻繁に目を逸らしてしまう情けない自分がいる...。


ダサい。本当にダサすぎる。


絶対にバカにされているな、これ...。


まぁ、いいけど。

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