第4話 メイドはお嬢様が大好きです


 翌日。朝早くにメイドのメアリに起こされた私は、眠たい目を擦り擦り、鏡の前に座って髪に櫛を入れて貰う。この金髪縦ロール、中々セットが難しいのだ。




「……ストレートにしようかしら。この髪型、面倒くさいし」




「おやめください。折角の見事な縦ロールです。これをストレートにするなんてとんでもない」




「なによ、それ」




 そう言ってクスクスと笑う私に、鏡越しにメアリが笑ったのが見て取れた。




「……それにしても……何かしらね、国王陛下からの呼び出しって」




「本気で言っておられるなら、ある種尊敬に値します、お嬢様」




「……冗談よ。分かってるから」




 朝早くの王城への召喚命令。まあ十中八九、昨日の事が原因だろう。




「……斬首とか、かしらね?」




「それは出来ないでしょうね。仮にも王国の大公爵であるサルバート家の一人娘を、ガキの喧嘩程度で罰する事は出来ないでしょうから」




「……口、悪すぎじゃない?」




「そうでしょうか? 私の可愛いお嬢様に対して『リリーの方が良かった』など、万死に値する言葉ですよ、あのクソガキ。いっそ、本当に婚約破棄をしてしまいますか? 私から旦那様に進言致しますが」




「……出来るの、婚約破棄なんて」




「無論です。そもそも今回の婚約も、国王陛下から旦那様に直々にお話があったのです。旦那様は随分渋っておられましたし、お嬢様が望めば破棄は容易いかと」




「……そうなの?」




「はい。先のラージ帝国との戦争の敗戦で、スモル王家の求心力は落ちていますので。王家としてはほぼ無傷で終えたサルバート家は無視できないのですよ。寄子も多いですし、サルバート家は。正直、サルバート家としてはさしてメリットがありませんので、今回の婚約。旦那様は嬉々として破棄をするでしょう」




「……んじゃ、なんで受けたのよ?」




「お嬢様が『ジーク様と結婚!? お父様! 私、ジーク様と結婚したい!!』と飛び跳ねて喜んだからですよ」






「……おうふ」




 マジか……身から出た錆か、コレ。朝起きた時にメアリとか使用人の顔は思い出したのに、なんで自分の事はあんまり覚えて無いんだろ?




「……むしろ、私は昨日のお嬢様の態度が疑問でしたが。あれほど好いていた殿方に、あのような態度を取るとは」




「……何時もの我儘が出たんじゃない?」




「……」




「なに?」




「お嬢様が我儘?」




「あれ? 違うの? 昨日、殿下が言ってたじゃない」




「……まあ、殿下に接する態度はそうでしょうが……ですが、あれは恋する乙女のする事ですので。微笑ましいと思いますよ? むしろ、そのお嬢様に対する殿下の態度こそ疑問ですね。男の器量を疑います」




「……メアリ、殿下に対するアタリが強くない?」




「当然でしょう。可愛いお嬢様にあんな暴言を吐いたのです。殿下でなければ男の大事な部分を踏みつぶしておりました」




「……ヴァイオレンス!?」




「当然のことです。それで……お嬢様が我儘? むしろお嬢様は公明にして正大、悪い事は悪い、良い事は良いと身分の上下なく接する事が出来るお方ではありませんか。あのくそが――ではなく、殿下よりもよほど、王の器だと愚考しますが」




「……有り難いけど不敬になるから止めて?」




 そうだったのか。アリスって、そんなキャラなのか。情報が無いから分からんかったが……あれ? 意外に良い奴じゃね、アリス。




「んじゃ、我儘じゃないの、私?」




「我儘ですよ」




「……ダメじゃん」




 我儘なのかよ。どっちだよ。




「ですが、それは年相応の……『ケーキが食べたい!』とか『まだ寝たくない!』とかのレベルですので。その程度、お嬢様の年齢なら当然ですし……むしろ、お嬢様がケーキを食べたいと言えば嬉々として作っている料理長にこそその責任はあるでしょう。お嬢様の愛くるしい外見が肥えてしまって……まあ、お嬢様の美しさは変わらないでしょうが、それでもあまり好ましい変化とは言えませんので」




「……節制するわ、これからは」




「そうして下さいませ。それではお嬢様、準備は完了いたしました」




 最後に私の髪を軽く撫でてメアリが一礼。そんなメアリに向き直り、私は頭を下げる。




「ありがと、メアリ」




「いえ。仕事ですので」




「それでもよ。ねえ……可愛い?」




「控えめに言って、さいっこうです、お嬢様」




「メアリのお陰ね。それじゃ……行ってくるわ」




「ご武運を」




 別に戦いに行くワケじゃ……と思いながら、これも一種の戦いかと思い、私はメアリの開けてくれたドアを颯爽と潜った。


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