第3話

 水曜日。私は久々に実家に帰った。父と、母と、そして大学三年生になる弟。皆んな、変わりなく過ごしているだろうか。

 玄関を開けると、居間から母が早歩きで出迎えてくれた。


「急にうちに寄るだなんて連絡よこしてきて。いったいどうしたの?」


 母は、少し心配したように私に問いかける。


「いやぁ、何か皆んなと会いたくて」


「そう……」


 私は自分の部屋に向かった。といっても、今は弟の部屋になっている。


「修治、元気にしてる?」


 机には何冊もの本が堆く積まれていた。弟の修治はパソコンに向かって、ひたすらキーボードをカタカタと鳴らしている。


「あれ、帰ってきたの?」


「うん。お父さんは? 仕事?」


「仕事。たぶん、もうすぐ帰ってくるよ」


 レポートで忙しいのだろう。ぶっきらぼうな返事だった。

 荷物を部屋に投げ捨て、階段を降りて居間に向かった。台所では母が夕飯の支度をしている。


「何かやることある?」


 私が尋ねると、


「そうねぇ……じゃあ、お風呂沸かしてちょうだい」


 お風呂場に行って、浴槽を洗った。丁度洗い終わった時、ドアを開ける音がした。玄関の方を見ると、父が帰ってきていた。


「ただいまー。ん? なんだ帰ってきてたのか」


 父は、私を見てそう言った。


「久しぶり。お父さん元気?」


「なんともないよ。そっちは仕事とか順調?」


 私は笑顔で返した。父はそれ以上聞いてはこなかった。


 九時頃、全員で揃って夕飯を食べた。白いご飯に大根の味噌汁、それと肉じゃが。私の好きなごはん。昔と変わらない味。不意に悲しくなったが、涙を堪えて、平静を装った。


「やっぱり美味しいなぁ」


 本当に、本当に美味しかった。


 夕飯の後、私はすぐにお風呂に入った。ぴちょん、ぴちょんと天井から水滴が落ちてくる音を聞いていると、とても落ち着く。ここ数年は辛いことばかり思い出してしまうので、湯船に浸かることが嫌になり、シャワーで済ましていた。けれども、今日思い出したことはどれも楽しかったことの記憶だった。


 お風呂上がりに、居間のソファでくつろいでいると、母が話しかけてきた。


「変なこと考えてる?」


「……変なこと?」


 私はドキッとした。これから私が死のうとしていることを、見透かされているような気がした。


「何も考えてないよ。ただ、皆んなに会いたかっただけ」


 私はそう言って部屋に戻って行った。廊下で父とすれ違ったが、父は何も言わず自室に入っていった。


 部屋では、修治がレポートを書いていた。


「何書いてんの?」


「西洋史のレポート。ほら、志麻先生の」


 そういえば、修治は私と同じ大学に進学したのだった。志麻先生は、難しいレポートを出すことで有名だった。けれども授業内容はとても面白いので、人気はあった。


「面倒くさいでしょ。その人のレポート」


「うん」


 修治は苦笑しながら答える。忙しそうだ。あまり邪魔するのも悪いと思ったので、寝ることにした。


「じゃあ、僕ちょっと寝るね」


「おやすみー」


 私は目を瞑り、自分でも驚くほど早く眠りについた。


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