1.朝

 目が開いた。瞼以外はだるくて動かない。

 この感覚は、生きているということだ。


 部屋の中はまだ暗い。

 そういえば、スマホを充電しないまま眠ってしまったような気がする。

 この暗闇の中では時間が確認できないが、始発も新聞配達も始まっていない時間というのは確かだ。


 目を閉じ、少し何かを考えて、その何かがまとまりきらないまま目を開く。

 そんな瞼の開閉作業をしばらく続ける。

 五、六回開閉作業を終わらせた頃、ようやく部屋の外から光が差してきた。


 朝だな。ああ、死にたい。



 今まで勤務していた、パソコン販売の仕事は退職した。

 出社時間を守れず、商談も代わりの人間に行ってもらっているんだから売り上げも増やせない。

 会社のお偉い方々も情けないと思ったことだろうが、俺が一番情けないと思ってる。


 あのボール神に死なせてもらえない呪いをかけられたが、それは自死だけでなく、餓死もしないということらしい。

 事件には巻き込まれないし、俺の通帳には学生時代に付き合いで始めた仮想通貨で勝利した金が入っており、まじめに働いていたころでは考えられない桁のゼロがついている。

 職に就いていなくても、養ってくれる誰かがいなくても、金銭面だけ考えれば俺は生きていけるのだ。


 脳内には自死を推奨する知らない誰かの声がする。

 しばらく金に困らない環境なのに、なんでこんなに死にたいのだろう。

 誰かの声は増え、大きくなる。

 頭を掻きむしり、自分の手で自分の首を絞め、苦しくなって手を緩める。


 日が沈んで、体が少し動くまで、この状況のまま時が流れる。


「おはよう」

 状況を変える声がした。

 もちろん彼女でも友達でも両親でもなく、ボール神の声だ。

「今日は朝からお仕事だ」

 ボールは見えない。どこかの物陰に隠れているのだ。以前も同じことがあった。

「救済、よろしくね」


 この声は多分、催眠効果があるんだと思う。

 今まで鉛のようだった身体は羽根のように軽くなり、簡単にベッドから抜け出し、パソコンの前に座ることができた。

 俺の意思でベッドから抜け出しているとは思わない。

 洗脳か催眠か、見えない糸で操ってるんだ、きっと。


 適当にキーを叩き、パソコンを動かす。

 人という明朝体が書かれたカッコよさに欠けるアイコンをダブルクリックする。

 同じく明朝体で人類救済計画と書かれた画面になり、文字が消えると、画面にビル街と魔法少女が映る。


 もう一人の俺だ。

 巷では「救世主ちゃん」と呼ばれているらしい。


 画面をダブルクリック。

 尋常じゃない眠気が一気に襲い掛かり、瞼が強制的にスリープ状態に移行する。


 目を開くと、俺は可愛らしいステッキを持って、どこかの屋上に立っていた。

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