科学なき世界
しちめんちょう
科学なき世界
いま、俺こと木村翔太(16)はピンチに陥っている。
なんと明日は期末テスト。しかし何も勉強していないのだ。
勉強する気はあった。ただまだ時間があるからと思ってゲームをしたり、やる気が起きないから部屋の掃除をしたりしてしまっただけなのだ。
「くっそー。物理も化学も全くわからん。理科なんてなかったらよかったのに。」
なぜ科学を学ばなきゃいけないんだ。これからの人生でこんな知識を使う場面が来るのか。
時計をみると、『2025年2月16日 23:59』となっていた。もうすぐ0時を回りそうだ。あと10秒くらいだろうか。
そう思った瞬間、急に自分の体が眩い光に包まれ始めた。
「な、なんだこれ、、、?」
数秒もしない間に俺の全身は光に包まれた。包まれ終わるのと同時に眠気が襲ってきた。その眠気に抗おうとしたが、抗えず俺はまぶたを閉じてギリギリで保っていた意識を手放してしまった。
◆
「ほら、将太、早く起きなさい!学校遅刻しちゃうわよ!」
母親らしき人物の声で意識が鮮明になる。カーテンのすき間から見える太陽はある程度高い位置まで昇っていた。頭が痛いし、体もだるい。
「母さん、今日体調悪いかも、、、」
体温を測ると、38度1分。高熱だ。
リビングに行くと、母親が立っていた。あれ?うちの母親はこんな顔だっただろうか。いや、熱で頭がおかしくなっているだけに違いない。そう自分に言い聞かせた。
「前使った風邪薬って残ってたよね?それ飲んで今日は寝るわ。」
そう言うと、母さんは驚いた顔をした。
「薬?何言ってるのよ。そんな怪しいもの使うわけないでしょ。」
「は?」
俺は耳を疑った。風邪薬が怪しい?母さんは頭がおかしくなったのだろうか。
「じゃあ、どうやって風邪を治すんだよ?」
「そんなの決まってるじゃない。この御水よ。いつも飲んでいるじゃない。」
そう言って取り出したのは、見た目は普通の魔法瓶だった。
「この御水はね、いつもお世話になっている高橋さんが浄化してくれた水なのよ。」
浄化?本当に何を言っているかわからない。
「浄化?母さん、本当に何を言ってるんだ?」
「いつも説明してるじゃない。高橋さんは浄化師をやっていて、水道水のような体に入ったら危ない水を浄化してくれているの。浄化するとすべての病気に効く万能な飲み物になるのよ。」
説明を聞いても何もわからなかった。ここでも俺の頭が熱でおかしくなっているのだと決めつけ、考えることを放棄した。
「わかった、わかった。じゃあそれ飲むから学校に休みの連絡入れといてね。今日、理科のテストだったんだから。」
「何言ってるの。そんな迷信めいたもののテストなんて学校でやるわけないでしょ。」
は?
◆
〜数日後〜
数日間このおかしくなった世界(平行世界)で生活してみてわかったことがある。
この世界の人たちの科学と非科学的なもののような迷信の認識が逆になっているということだ。
つまり、非科学的なものが常識で科学が迷信である平行世界に来てしまったようだ。
外に出るとみんな電磁波などから頭を守るヘルメットをかぶっているし、なぜか近くにある山を竜の背中だといってお供え物を山に投げ入れて信仰している。時計もなく、太陽の位置で時間を計っているようだ。
ちなみにまだ俺の熱は下がっていない。
病院はこの世界にはないらしく、みんな浄化した水や食べ物を飲み食いするだけで健康体でいれると考えているらしい。
その水飲んでも熱下がらないじゃん、と母さん(平行世界の)に言ったがそれはあなたが治そうとする気持ちがないからだ、と言われた。そんなわけないだろ。
まだ熱があるが親に学校に行け、と熱が出た翌々日位からさんざん言われ続け、俺はついに折れて4日前から行くことにした。
「今日、私忙しくて竜神様にお供えしに行けないから、将太行ってくれない?」
学校へ行く準備を終え、朝ごはんを食べていた俺に母さんはそう言ってきた。
まあ、別にあの山に食べ物持っていくだけだからいいか。
「わかったー。朝ごはん、ごちそうさま。」
◆
山に近づいていくと、吐き気を催すほどの異臭が鼻を突き刺した。
「なんだこの臭い、、、?」
山の麓に着くとフェンスがあり、山の中に入れないようになっていた。たくさんの人々がそのフェンスの外から供え物として持ってきたであろう食べ物を山の中に投げて入れていた。
「あら、木村さんのところの息子さんじゃない。珍しいわね。竜神様に会いに来るなんて。」
「あ、はい、母から頼まれまして、」
異臭の原因はこれだった。誰も山に入ってはいけないため、今までの投げ入れてきた食べ物が腐っていたのだ。虫も大量に湧いていて気持ち悪い。
その山には川が流れているのだが、川がとても汚れているせいか大量の黒い貝がびっしりと竜の鱗のようにくっついていた。
「ほら、早く投げないと学校に遅刻するわよ?」
「あ、はい」
ここにいると、体調が悪いのも相まって吐いてしまいそうだから早く投げてしまおう。
◆
学校に着き、教室に入った瞬間、先生が俺に向かって言った。
「こら、将太。またギリギリだぞ。気をつけろ」
「すみませーん」
席について周りを見ると、みんな真面目に先生の話を聞いていた。
朝の
「最近ギリギリな登校が多いな?今日はどうしたんだ?」
「今日は母親に頼まれて、あの山に供え物を。」
ちなみに一馬は平行世界前と顔や性格が少し違う気がする。というかこの学校の生徒で、知っている人が一馬や他の数人ぐらいしかいない。他の生徒や先生は名前は全く知らない人ばかりだ。
他にも、なぜかどう考えても学校の生徒数が減っている。
まあ、平行世界だからと言われたらそれまでなのだが。
授業が始まると、みんな真面目に先生の話を聞いている。1限目の授業は歴史だった。高齢で白髪の先生が話している。
「人間が誕生した頃、この世には様々な生物がいたが教祖様はまだ存在していなかった。しかし、ある時」
なんでこういう先生の声は眠くなってくるのだろう。そう思っている間にもう深い眠りに落ちていた。
ハッと目が覚めたら、もう2限目が始まっていた。体調が悪いので仕方ないだろう。そう思って、また2限目、3限目とほとんどの授業で爆睡してしまった。
放課後、帰ろうとしていたら担任の先生に呼び止められた。
「おい、木村ー。お前テストで自分の名前を書き間違えてたぞー。」
名前を間違えるわけないと思うが、高熱のせいで意識が朦朧としている中でやっていたから、まあありえない話ではない。
「今度から気をつけます」
そう言って熱によってふらつく体をなんとか前に進めて教室を出た。
◆
校門を出て、ふらふらと歩きながら帰っていると薄暗い路地から声がした。
「きみ、体調が悪そうだね、風邪かな?ほら風邪薬をあげよう。」
見ると、怪しげな男が錠剤をちらつかせている。
いつもだったらスルーするだろう。しかし本当に限界を迎えていた俺はその錠剤を受け取ろうと手を伸ばした。しかし怪しい男は錠剤を持っている腕をさっと引っ込めてしまい、俺の手は空を切った。
「なんだよ、その風邪薬くれるんじゃねーのかよ?」
俺が少し怒り気味に言うと、相手は少し驚いた顔をして言った。
「君、科学を信じているのか?」
「え?どういう、、、」
男は周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると低い声で続けた。
「君にもこの世界を知る権利がある。ほら、この風邪薬あげるから、ついてきて」
そのまま彼は、俺の手を引っ張って薄暗い路地を進んでいった。
◆
路地を抜けると、古い倉庫にたどり着いた。倉庫の扉を開けると中には様々な年齢層の人々が集まっていた。
「ここは、この世界に疑問を持っている人々が集まっている場所なんだ。科学を信じる者たちが、真実を追い求めるために活動しているよ。」
そう言って怪しい男はそこにあった台の上にひょいっと飛び乗って話し始める。
「では、集会を始めよう。おっと、君に自己紹介するのを忘れていたね。私の名前は上田だ。君の名前は?」
「木村です。」
「木村くんか。よろしくね。ほらみんなも自己紹介して」
そう怪しい男が言うと、この集会に集まった人々が自己紹介を始めた。
電磁波の危険性が過剰に信じられていることを疑問に思っている電気工事士の佐藤さん、浄化した水を飲むことで健康でいられるということに反対し、科学による治療を推進している医師の中村さん、この世界の歴史的な出来事や信仰がこの世界の科学的な事実と矛盾していることに気づいた歴史学者の田中さんなどがいた。
この集会は『化学の復興』をスローガンに掲げ、この社会に不満を持つレジスタンスの集まりらしい。
今は田中さんがこの世界の歴史について熱弁している。
「歴史では約130年前、彗星が地球に最も近づく日に今の国のトップである教祖が生まれたと言っているがあれは嘘だ。
この国が禁忌の書として隠していた本の中には、『その日、彗星の欠片が降ってくるのと一緒に地球外生命体も降ってきた。降ってきた地球外生命体は人間を食べ始めたり、洗脳し始めたりした。国のトップ達は結局、その宇宙人に媚を売り始めた。そして、この国はその日から狂ってしまった。なぜならその日から国のトップが宇宙人になってしまったからだ。』と書いてあった。
他の書いてあった内容を見るに、どうやらその宇宙人はそんなに知性がないらしい。だから国の偉い人間どもは自分の子孫でもその宇宙人に自分の子孫だと分かってもらって食べられないようにするためや、宇宙人が国民の管理をしやすくするために自分の子供には男の子でも女の子でも父親の名前と同じ発音の名前をつけるように強制した。
例えば父親の名前が
なるほど。この平行世界では宇宙人に支配されているらしい。
この平行世界の父親は俺が生まれる前に離婚してどこかに行ってしまったらしいから父親と同じ名前であるということについては初耳だった。
「これから、私たちは宇宙人が棲んでいる宮殿に攻め込む。みんな、準備はいいかい?木村くん、君も来るんだ。」
みんなの熱気があまりにも強く、行きたくない、と言うに言い出せなかった俺は流れに身を任せることにした。
◆
その宮殿は都心部から遠く離れた山の奥に鎮座していた。
「よし、今から突入する。宇宙人に科学の力を思い知らせるぞ。」
上田さんはそう言って、宮殿の入り口にダイナマイトを設置する。
バァァァン
爆音とともに俺たちは侵攻を開始する。俺たちは自作の煙幕や催涙ガス、鉄砲などをもっている。
「お前ら何者だ!!」
警備員たちが叫びながら駆け寄ってくる。上田さんは冷静に指示を出し、俺たちは煙幕を展開して視界を遮った。
「今だ、突入しろ!」
俺たちは煙幕の中を駆け抜け、宮殿の内部へと進んだ。内部は豪華な装飾が施されており、まるで異世界に迷い込んだかのようだった。
「ここが宇宙人の棲み家か...」
佐藤さんが呟く。俺たちは慎重に進みながら、周囲を警戒した。突然、前方から光が差し込み、巨大な扉が現れた。
「この扉の向こうに宇宙人がいるはずだ。みんな、準備はいいか?」
上田さんが問いかける。俺たちは頷き、武器を構えた。
ギィィィ
扉を開けると
扉の奥には巨大なホールが広がっていた。その中にはとても大きいカマキリのような生物が、人間を捕食していた。
「なんだ、あれは、、、」
みんなが信じられない光景に呆然としていると、後ろの方から声がした。
「君たちが大きな音を立てたせいで、教祖様が誰彼かまわず捕食するようになってしまったじゃないか!」
見ると、金持ちそうな男が立っていた。誰だかわからず頭にはてなを浮かべていると、
「あの人は、国の見かけ上のトップの人間だ。」
と、上田さんが小さい声で教えてくれた。
「教祖様とこれまで上手くやってこれていたのに、君たちのせいで台無しだ!どうしてくれるんだ!!」
そう彼が俺たちに向かって怒鳴っていると、カマキリが俺たちの存在に気づき、近寄ってきた。
「ウるさイぃぃぃぃ!オ゙まエラ゙、たべル!」
そう言ってカマキリは俺たちに襲いかかってきた。
俺たちは一瞬立ちすくんだが、上田さんの声が響いた。
「全員、武器を構えろ!」
俺たちは持っていた鉄砲でカマキリを撃ち始めた。
「ア゙ぁぁァぁ゙、イ゙たいぃ゙ぃィ!」
そう言ってはいるが、あまりこのカマキリには効いている様子はない。
「にンげん、ツかまエタ」
カマキリが捕まえたのは、あの金持ちの男だった。
「教祖様!私は前田です、前田一郎!いつも食用人間など運んでいる!」
「ハラへっタ。モ゙うオマえでいイ。」
そう言って、カマキリは金持ちの男を食ってしまった。
「マダ、たリない。」
カマキリはまだ食べ足りないようで、俺たちに襲いかかる準備をしている。
「どうする、、、?」
上田さんは鉄砲が効かないことに困っているようだった。
上田さんが悩んでいるうちに、カマキリは準備を整え襲いかかってきた。
「いたっ!」
医師の中村さんが何もないところでコケてしまった。そこにカマキリが襲いかかる。
なぜか俺は咄嗟に中村さんを突き飛ばし、自分が犠牲になった。
「ツかまエタ。イタだきマーす」
カマキリの口がどんどん近づいてくる。
なんでこんな平行世界に来てしまったんだ。病気も治らないし、宇宙人にも多分食われるし最悪だ。
というか、レジスタンスの侵攻についてきたのが行けなかった。本当に選択を間違えた。
でもここまできたら、何か一矢報いたい。そう思って俺は持っていたものを全部投げつけた。
しかし、すべてカマキリの口の中に入ってしまい何も起こらなかった。
「ここまでかぁ」
そう思った次の瞬間、急にカマキリが苦しみ始めた。
「ア゙ぁぁァぁ゙、グるジイ、くルしイぃぃぃ!オマエ、くちのナカに、薬品、イ゙れたナぁぁぁ!」
そう言ってカマキリは苦しみ悶え、ついには動かなくなった。
俺たちは呆気にとられ、その場に立ち尽くしていた。
◆
「これで、科学が迷信だと言われることもなくなる。ありがとう、木村くん。」
そう言って、上田さんは俺に握手を求めてきた。
「いえいえ、あいつを倒せたのはたまたまですよ。」
少し照れながら、俺は上田さんの手を握る。
「2155年2月28日に私たちレジスタンスが歴史をつくったぞ!」
歴史学者の田中さんも、得意の演説をしながら喜んでいる。
これでこの平行世界にも平和がやってくる。そう思った時だった。
入口の扉が開き、一人の男性が入ってきた。
彼もまた、さっきの前田一郎のようにお金持ちそうな雰囲気だった。
「教祖様を殺してしまったのだな。」
「そうだ、何が悪い?こんな人を食うような宇宙人、生かしておけないだろ!」
そう田中さんは言う。
「なぜ私達は、このカマキリみたいなやつの言う事を聞いていたか分かるか?
洗脳されていたわけじゃない。
こいつが死ぬとこいつらの仲間にしか分からないフェロモンが体から出て、仲間が大群で押し寄せてくるらしい。
仲間の数は聞いたところによると千京ほどいるらしい。この世界にいる虫の数とおんなじだ。そんな大群がこの地球に押し寄せていたら、どうなるかわかるだろ?
それにこいつは棲んでいた星の中で最下位程度の力しか無かったらしい。」
俺たちは絶望していた。こんなやつの相手を千京体しなくてはいけないなんて、どう考えても人間に勝ち目はない。
「どうしようもないじゃないか、、、」
上田さんや、他のみんなも絶望している。
◆
結局、みんな絶望したまま、その場で解散した。山の奥に宮殿があったため、帰るのがとても大変だった。
「ただいまー。」
帰ると母親が出てきて、
「帰ってくるのが遅い!」
と怒られた。仕方ない。宮殿を山の奥に作ったのがいけない。
夕食中、この平行世界での父親の話になった。どんな人だったか聞いてみたかったからだ。
「もう、すごい自分勝手な人だったわよ。おじいちゃんもひいおじいちゃんもまじめな人だったらしいのにねぇ。あ、うちに家系図あるわよ、見る?」
夕食後、母親に家系図を見せてもらった。本当にだいたい130年前であろう、高祖父から名前の発音が全員同じだった。
「ん?」
初めて気づいたことだが、俺の平行世界での名前は翔太でなく、将太らしい。だからテストで名前を書き間違えたのか。
父親の名前は将大、祖父の名前は昇太、曽祖父の名前は正太、高祖父の名前は…
急に
◆
「翔太、起きなさい!もう起きないと遅刻するわよ!」
母親の声で意識が鮮明になっていく。時計を見ると、『2025年2月17日 7:45』となっていた。頭が重いし、体もだるい。
熱を測ると38度1分。高熱だ。
母親に体温計を見せると、母親は驚いて言った。
「高熱じゃない!今日は学校休みなさい。ほら風邪薬飲んで早く寝て」
本当に元の世界に戻ってこれたみたいだ。
安心して俺は自分のベッドに寝転がる。
もしかしたら平行世界になんて行ってなくて、熱でうなされてみた悪夢だったのかもしれない。
ただ俺はあの世界を体験してから、科学は日常のいろいろなところに使われていてとても大切な存在であったということに気づけた。
ちゃんと科学を勉強しなきゃな。
そう思いながら、俺は深い眠りに落ちていった。
◆
〜リビングにて〜
「あの子、全然勉強してなくて昨日だけで終わらせようと徹夜するから体調崩すのよね。もう。」
そう言って母親はテレビを付けた。テレビではニュースをやっていた。
『次のニュースです。今日、彗星が地球に最も接近します…』
科学なき世界 しちめんちょう @Turkeyturkeysandwich
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