文学少女の唇は、ヤケたパラフィン紙の味がする

夜狩仁志

第1話


 平日の早朝、閑静な住宅街。


 平凡な分譲住宅が建ち並ぶ、とある一軒の前に、この街には似つかない黒塗の高級車が今日も停まる。


 そこから音もなく、一人の若い女性が舞い降りた。


 乙女が身にまとうは、しわ一つない汚れ無き制服。

 限りなく黒に近い濃紺のセーラー服。

 膝下まで伸びた折り目真っすぐのプリーツスカート。

 風にたなびく藍色のスカーフ。


 この制服は、あの高貴な乙女たちが集うとされる名門女子高に通う者の証……


『私立 聖蹟せいせき百合ヶ里女学園(通称、聖女)』


 手入れのゆきとどいた髪を腰まで伸ばし、清楚な佇まいを醸し出す。

 整った顔立ち。スラリとした身体。

 まさに彼女は高貴な生まれの、聖女の女学生だった。


 この住宅街には全く縁が無さそうな彼女は、『本杉』と書かれた表札の門をくぐり抜ける。

 まるで彼女を迎え入れるかのように、玄関は施錠されておらず、すんなりと扉を開けると中へと入っていった。


「おはようございます」


 美しいのは彼女の顔だけではなかった。

 上品な振る舞いから放たれる透き通るような美声が、部屋にこだまする。


 間もなくして、パタパタと足音をたてながら、この家主の夫人であろう女性がやって来た。


「あっ、おはようございます。綾音あやねさん!」

「失礼いたします」


 綾音と呼ばれた乙女は、きれいに靴を脱ぎそろえ、慣れた足取りで上がりこむと、そのまま2階へと続く階段へと進んでいった。


「ごめんなさい、文代ふみよは今日、一段と寝起きが悪いようで……」

「そうですか」


 綾音はフッと微笑んで、焦る夫人を尻目に階段を登ってゆく。

 そしてある扉の前で立ち止まる。


 軽くノックをすると

「フミ? ごきげんよう。入るわよ。

 ……とは言っても、聞こえてはいないでしょうけど」

 と、言い切る前にドアを開け入ってしまう。


 何の返事もない部屋の中には、一人の少女がいた。

 この時間、社会人なら活動し始める時間。

 しかし、まだ寝巻き姿の彼女はベッドに腰掛けながら、手にした文庫本を一心不乱で読み込んているのだった。


 綾音は美しい顔立ちに似合わない大きな溜息をつく。


「フミ、もう何時だと思ってるの?」


 そう口にしながら近寄るも、フミと呼ばれた可愛らしい少女はその言葉も耳に届かず、綾音の存在にも気づく素振りはない。

 ひたすら小説を読み込み続けるのだった。


 綾音は、読書を止めようとしない少女の前に来ると膝を付き、


 何の前触れもなく突然、


 慣れた手つきで少女のズボンを剥ぎ取った。

 矢継ぎ早に、今度は上着まで奪い取るも、少女は無抵抗のまま文庫本から目を離さない。


 二人が出会って数分も経たずに、少女は身ぐるみ剥がされショーツ一枚の姿に。


 今どきの中学生でも穿かないであろう、色気のない無地で純白のコットンショーツ。

 胸にはブラなど身に付けておらず、まだ膨らみかけの蕾の様な、控えめな乙女の胸が露わになる。


 そんな姿にされつつも、悲鳴の一言も発せず、未だ小説に目が釘付けとなっている。


 綾音は呆れたように、そんな姿を上から下まで舐めるように見渡す。


「目につかないところにもオシャレに気を使うことこそ、品格ある淑女たるもの。

 あれほど、言い聞かせたのに……」


 全く色気もなにもない下着姿に落胆する。

 着替えさせる時間が無いので、今日のところはそのままスカートを履かせる。


「今日は……天気もよいことですし、この青空と同じ色の、これにしましょうか?」


 綾音はタンスの奥深くに隠された水色のブラを引っ張り出す。

 それを手際よく着せていく。


 その間も、何の抵抗も反応もしない。

 なすがままの少女。


 すっかり制服姿に変身した少女の姿は、綾音と同じ装い。

 そう、この少女も同じ聖女に通う生徒だったのだ。


 人形のように着替えさせられたのにも関わらず、相変わらず本を手から離さない。


 綾音は真横に腰掛けると、今度はブラシで寝癖だらけの彼女の髪をとかす。


 黒く癖のない真っ直ぐな、それでいて柔らかく温かい髪。

 時折、手触りを堪能しながら呟く。


「伸ばせば、きっと美しいのに……

 長さがあれば、私が編んだり束ねてあげると言っているのに」


 本人は洗うのが面倒だとか、寝癖が、とか理由を付けて髪を伸ばしたがらない。

 綾音が伸ばすように提案して、ようやく肩に掛かるくらいまでに伸ばさせたのだった。


 こうして身だしなみをすっかり整えられた少女は、まるでどこかのお嬢様のよう。


「さあ、フミ。そろそろ目覚める時間よ」


 そう話しかけると綾音は、

 長い髪を耳にかけ、

 少女と文庫本の間に、顔を差し込み遮ると……


 眠りの森の美女を目覚めさせるように、


 ゆっくりと唇と唇を重ねた。


 少女の温もりが唇を伝ってやって来る。


 ほんの数秒の間、


 頃合いを見計らって、


 名残惜しそうに唇を離す。


 すると……


 少女の瞳に生気が宿り、ハッと我に返る。


「……あっ! 綾音さま!!」

「ごきげんよう、フミ」


 初めて綾音の存在に気付く少女。

 驚き飛び跳ね上がる。


「お、おはよう、ございます! わ、私、また……!?」

「早く支度しなさい。遅れるわよ」


「は、はい!」


 

 

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