第2話
気配を感じた王は床から身を起こした。暗闇なのに、前方の人影はよく見えた。
「今宵は兄上か…」
王は呟いた。そして、ついに“核心”が現われたかと思った。
このところ、深夜、王の寝所には人影が現れる。灯り一つ無いのに、その姿はしっかりと見えた。
最初に現れたのは、先王だった。まだ十代だった彼の生命を奪ったのは自分だった。少年王は何日か続けて姿を見せたが、何も言わず、ただ悲しげに自身を見つめているだけだった。
入れ替わるように現れたのは、先王の生母の王后だった。彼女は避難するような眼差しで自分を睨み、何かを言っているようだったが、よく聞き取れなかった。
彼女も数日間姿を見せて消えた。
そして、今回は先王の父親で自身の実兄でもある先々代王である。
「久しぶりだな、首陽」
先々王は、自身の脇に座ると話し掛けた。今回は、声がはっきりと聞こえた。
「私のしたことを怒ってますか?」
現王が言った。彼の父王が懇願し、彼の兄王も亡くなる前に付託したことを破って王位を簒奪し、幼王を殺してしまったのだから。父も兄も先王を支え、盛り立てていくことを彼に望んだにも関わらずである。
「この身が現世にあれば、お前を恨み、腹も立てたことことだろうが、既に我が身はこの世にないゆえ、今は特に思うことはない」
先々王はここで一旦言葉を切った。
「ただ…」
弟の顔を見ながら話を続ける。
「この先、お前は、ずっと、自身の行ったことに対し向き合っていかねばならぬ。それは苦しいことだ」
弟は黙ったままだ。
「今、世間はお前のしたことに対し批判的だ。あの金五歳は出仕を辞めて狂人のふりをして世間を回りながらお前のことを非難して人々の喝采を得ているではないか」
「金五歳か…」
かつて神童として評判だった五歳こと金時習を、彼の父親は王宮に呼んでその才を試したことがあった。何処となくいけ好かないガキだと彼は思った。そいつが自分を非難していることは知っていた。
「お前に反旗を翻した成三問たちを人々が“忠臣”として称賛するのも同様の心情からだろうな」
ここで、兄の話にようやく弟は応え始めた。
「全て諒解していますよ。建国から数代経ったけれど、まだ我が国は安定しているとは言い難いですよ。幼い先王を輔弼するために兄上が任命した金宗瑞も皇甫仁も確かに人格者で忠義者だったかも知れません。だが、彼らの取り巻きは必ずしもそうとは限りません。また彼ら自身もいつ心変わりするか分かりませんし。父上のようなしっかりした人間が王位に居なければ、朝廷は揺らぎやすくなるでしょう。そうでなければ、隙を窺って北狄や東夷が侵入してくる可能性もあるでしょう」
「そのようなことは先刻承知済みだ。そのようなことよりも私が知りたいのは、お前の覚悟だ。批判に耐えてこの先政事を行っていけるのか」
「我が身は既に国と民に捧げています。自分自身がどう評価されようが関係の無いことです」
「そうか」
弟の言葉を聞いた兄は笑みを浮かべた。
「お前は、我が家族や多くのお前の奪った生命に見合うだけの結果を出さねばならないが、どうやらその覚悟は出来ているようだな。それが分かれば我々も心置きなく冥界に旅立てる。さらばだ、首陽」
こう言い残して兄の姿は消えた。
現王は改めて玉座の重さを実感したのだった。
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