欲心と憎悪と

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 秋の柔らかな日差しの下、山道を歩く一行がいた。貴人二人と従者も二人、風景を楽しむかのようにのんびりと進んで行く。 しばらくすると、小ぶりの屋敷の前にたどり着いた。

「このような山中によく建てたな」

 貴人の一人が言うと

「ここが気に入ったので」

ともう1人の貴人が応えた。

 門をくぐり建物に入ると、二人は奥の間に向かう。

 部屋に入ると一人が窓を開ける。紅葉、黄葉した樹々が織りなす錦のような風景が現れた。

「如何ですか、主上」

「ここにいるのは二人だけだ、その呼び掛けはよせ」  

 彼の隣に来た貴人が制した。そして

「見事だな」

と感嘆の声を上げた。  

 その後、二人は用意された膳の前に座り、酒を酌み交わした。窓の外の風景を愛でながら、話を始めた。

「これで、一段落したな」

 主上が言うと、

「はい、兄上」

と弟が応えた。そして言葉を継いだ。

「今回の件は、結局、父上が適切な判断をしなかったのが発端と言えるでしょう」

「そうだな、いくら後妻の子が可愛いといっても未だ幼いし、それに朝鮮の建国に貢献したのは亡き母上と我々兄弟だものな」

 兄が同意する。

「まだ状況が安定していない今、幼王では国内を治めることは難しいでしょう。また、あの子を利用しよういう輩もいましたしね」

「でも、父上は我々のしたことに酷く腹を立てて、当て付がましく俺に譲位して隠退してしまった。お前には意地でも王位を継がせたくないようだ」

 こう言いながら王は、苦笑しながら杯を口にする。

「でも兄上が玉座に就くのは順当ではないですか」

「いやいや、俺はその器ではない。現に俺はお前無しでは政事など、とても出来やしない」

「いえ、人々の意見を聴き受け入れることも大事なことですよ」

「いずれにしろ、俺たち兄弟のうち、一番出来のいいのがお前だ。なのに、懐安の奴、朴包の甘言に乗せられて兵を起こそうなどという大それたことを仕出かして…」

 王が呆れたように言う。

「朴何某という人物もせこい男ですよ。論功行賞の結果が気に食わなかったので懐安兄上を焚き付けたんですよ」

「まったく、やっと世間が落ち着き始めたというのに、ろくでも無い奴だな」

「まぁ、これを機に私兵も回収出来たし、結果敵によかったといえるでしょう」

「そうだな。いつもながら、お前のすることは抜かりが無い。やはり、王位に相応しいのはお前だな」

「そんなことはありませんよ」

「いいや、お前はずっとこの座を狙っていたんだろう。じきに譲ってやるよ。俺みたいな者には政事は結構きつい。本当に辞めたくて仕方ない」

 王が冗談めかした口調で言うと、弟は笑いながら杯を口にするのだった。

 後日、王は弟である靖安大君に譲位した。朝鮮三代王・太宗の誕生だった。

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