双子のオメガの番

ひよっと丸 / 久乃り

第1話 ありがちすぎるが本来はないはず

「こんなドラマみたいなテンプレあるとか、ないわぁ」


 裕也は学校の体育倉庫で一人呟いた。

 すっかり暗くなり、もう運動部の生徒も帰宅した後だ。


「真夏でないことがせめてもの救いだなぁ」


 窓がないからなんとも言えないけれど


「さて、困ったな」


 カバンは教室に置きっぱなしだ。なぜなら清掃の時間に閉じ込められたからだ。


「ご丁寧に発情剤投げ込みやがった」


 裕也はオメガ。

 発情したら貪欲に性を求めてしまう体質だ。欲しいのは「アルファ」のに、限定されるけど、

 さほど狭くもない体育倉庫。あるのはボールぐらいだ。陸上部の使う高飛びのマットやハードルなんかは、別の倉庫に入っている。

 この後アルファがやってきたら、床で輪姦されるとかまじでない。


 裕也はしばらく考えて、隠れる場所を探した。


 体育倉庫に充満した発情剤の匂いが甘ったるくて嫌になる。

 下の方で隠れたら、見つかりしだい輪姦されるだろう。


「上かぁ」


 裕也はとりあえず窓のない壁の上の方を見た。体育倉庫特有の凸凹した壁に身を隠すしかない。


「やべ、もう来た」


 外から話し声が聞こえてきたから、裕也は慌てて影に身を潜める。


「ではでは、誰の子を孕むかなロシアンルーレット開催」


 おバカな声がして、体育倉庫の扉が開いた。

 校内の外灯に照らされて、顔が影にはなっているが、同じクラスのオメガだった。

 良家の男オメガで、何時でも自分が一番でないと気が済まない性格だ。

 一般家庭の裕也など放っておいてくれればいいのに、テストの順位で負けたのが気に入らなかったらしい。

 

 二学期になって、やっぱり裕也が成績上位なのが、気に入らなかったというわけだ。

 とうとう強硬手段に出られてしまった。

 そもそも、オメガ保護法があるから、オメガに危害を加えるのはご法度なのだが、良家の息子だから罰せられない。と思っているらしく、それ以来、何かと絡まれて迷惑していたのは裕也の方だ。


「おい、いないぜ」


 聞き覚えのある声がした。1組のアルファだろう。オメガの取り巻きの1人だ。


「発情剤は転がってるけど」


 床に転がる初錠剤の瓶を足で蹴りながらアルファが言う。裕也は影に潜んで息を殺した。


「どこに隠れてんだ?」


 そう言ってスマホのライトをつけた

 体育倉庫の床をサーチライトみたいに照らす複数の光。カゴに入ったボールの後ろを確認しているようだけど、そこに裕也の姿は見当たらない。

 壁の影に身を潜める裕也はひたすら息を殺し続けた。


「君たちはそこで何をしているんだ?」


 大きな光が当たりを照らした。

 アルファたちは、学校のセキュリティを理解していなかったようだ。

 セキュリティが働いてから、鍵が開けられれば通報が入るのだ。

 オメガ指定校であるから、外部の警備が入っているのだ。彼らはオメガ保護法に基づき動く。


「僕が忘れ物しちゃってぇ」


 オメガが甘ったるい声を出した。


「きちんと正門から入って手続きしてもらわないと困るな」


 警備の人は四角四面の対応だ。相手が誰だろうと仕事をするまでだ。


「君たち生徒なんだね」


 マニュアル通りの対応だ。


「俺、教室にカバン忘れちゃってぇ」


 裕也はすかさずオメガの背後から顔を出した。


「まったく、カバンを忘れて帰ったのか君たちは」


 警備員があきれているが、ここは警備員にくっつくしかない。裕也はそのまま警備員の隣に逃げた。

 オメガがものすごい目で裕也を睨んでいる。

 裕也は警備員に同行されて、教室に行きカバンを持った。

 校門で、オメガが仲良しアピールをしてきたが、裕也は校門に来るまでに対策はしてある。


「タクシー呼んだんで大丈夫でーす」


 オメガ専用タクシーを呼んでいた裕也は、オメガの手をすり抜けて、一人乗り込んだ。


「危ねぇ」


 何とか発情剤から逃れ、帰宅した。


 だが、家の中は静かだ。


 家政婦が作った冷めた夕食を一人で食べる。

 食器と弁当箱を食洗機に入れてスイッチを押したら、風呂に向かう。一番奥の部屋に人がいることは知っている。

朝になり、裕也は家政婦が作り置きした冷たいおかずと袋から取り出した食パンにマーガリンを塗って食べる。飲み物は冷たい牛乳だ。


「まだ居たのか」


 後ろから声をかけてきたのはアルファの父親、乱れた髪が今まで何をしていたのか物語っていた。


「もう学校に行くよ」

 

 そう言い残し裕也は自分の部屋に戻って行った。

 制服は昨日脱いだままハンガーにさえかけてなどいない。家政婦が置いたままのワイシャツに袖を通すと、あとは椅子の背もたれにかけておいた制服を着るだけだ。時間割の確認なんかしたことがないから、カバンの中身さえ確認などしない。あとは家族に見つからないようにするだけだ。足音を立てないようにして、そっと家を出る。

 背後からはコーヒーと焼けるパンの匂いがした。


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