第7話:香織との昼食

一行が香織の車に乗り、しばらく走ると、青い海を背景に高台に立つ小さな寿司屋が見えてきた。白いのれんが風に揺れ、入口には「地魚寿司」の文字が目を引く看板が掛かっている。


「ここだよ。」香織が車を停めると、由梨菜が少し驚いた顔で店を見上げた。


「お母さん、こんな高そうなお店大丈夫なの?」と小声で尋ねる。


香織はくすっと笑って、「大丈夫、大丈夫。たまには贅沢しないとね。ここ、お父さんが会社の人に連れられて一回来たことがあるらしくて、すごく美味しかったって聞いてたの。だから、一度来てみたかったのよ。」とウィンクをして車を降りた。


店に入ると、和の落ち着いた内装が広がり、窓際の席からは青い海が一望できる。木の温もりを感じるカウンターの奥では、職人が軽く会釈をして迎えてくれた。


一行は窓際の席に案内され、席につくと香織が笑顔で言った。「この辺りは地魚が本当に美味しいのよ。おすすめは地魚の握り。それと、あじのたたきも絶品だよ。」


「地魚の握りか~!絶対頼む!」由梨菜が目を輝かせると、莉音と麻衣も「私も!」「私も!」と声を揃えた。


悠太も少し期待を込めた声で、「どっちも楽しみだな…。いや、もう全部美味しそう。」とメニューを眺めながら言った。


「いいじゃない、今日は仕事で来れないけど、うちのお父さんの奢りだから。全部食べたいものを頼んでみましょう。」香織が笑顔で促すと、一同は「ありがとうございます」、「すいません」と口々に礼を言いながら、心躍らせて料理を待った。


料理を待つ間、香織がふと由梨菜に話しかけた。「でも、由梨菜、本当によかったわねぇ。」

「え、何の話?」と由梨菜がきょとんとした表情を浮かべる。すると、香織は悠太の方を見て微笑みながら言った。


「ゆうちゃん。あなた達が子どもの頃、由布院に行ったときのこと覚えてる?ゆうちゃんの家族と一緒に泊まったじゃない。あのとき由梨菜さ、『ゆうちゃんがかっこいい』ってずーっと言ってたのよ。」


突然の暴露話に、由梨菜は「ちょ、やめてよ!」と真っ赤な顔で母親を止めようとするが、香織は笑いながら手を振った。

「何よ、別にいいじゃない。あんなに可愛らしいこと言ってたんだから。それからというもの、宮崎の話が出るたびに『ゆうちゃんに会いたい』ってずーっと言ってたのよ。知ってた?」


悠太は驚いた表情を見せつつ、「いや、そんなこと…由梨菜ちゃんがそんなふうに思ってたなんて知らなかったです」と照れくさそうに頭をかく。


莉音がここですかさず「ちょっとちょっと、そういうのもっと早く言ってよー!」と突っ込み、麻衣も「由梨菜ちゃん、やっぱり悠太くんのこと好きだったんだー!」と笑顔を見せた。


「違うし!」由梨菜は慌てて手を振り、顔を真っ赤にしながら弁解する。「お母さんが勝手に大げさに話してるだけだから!」


悠太は由梨菜の必死な様子に気まずさを感じつつも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。彼女の母親の言葉を聞きながら、ふと彼の心に浮かんだのは、子供の頃の由梨菜の笑顔だった。

(由梨菜にとっても、あのときの俺たちの出会いって、何か特別なものだったに違いない。)


そう思うと、不思議と嬉しさがこみ上げてきて、気づけば自然と微笑んでいた。


香織は満足げに頷くと、「そうでしょ?でもゆうちゃんはどうだったの?由梨菜のこと可愛いと思ってたんでしょ?」と追い打ちをかける。


「え?それは……えっと…。」悠太は不意を突かれ、返事に詰まりながら顔を赤らめた。


「もう、その話は終わり!」由梨菜は半ば叫ぶように声を上げて話題を変えようとするが、香織はさらに笑顔を深めた。

「ゆうちゃん、いとこ同士とか気にしないで、由梨菜もらっちゃっていいんだからね。」


「お母さん!」由梨菜の大きな声が店内に響き渡ると、一同は笑いの渦に包まれる。ちょうどそのとき、店員がタイミングよく料理を運んできた。


料理が運ばれてくると、テーブルの上は鮮やかな色彩で埋め尽くされた。地魚の握りは種類も豊富で、それぞれが宝石のように輝き、アジのたたきには薬味がたっぷり添えられている。味噌汁からは香ばしい出汁の香りが漂い、食欲をそそる。


「わぁ、すごい…。」麻衣が目を輝かせながら声を漏らすと、莉音も「まるで絵画みたいだね!」と嬉しそうに頷いた。


「はい、いただきまーす!」由梨菜が勢いよく箸を取ると、最初にアジのたたきを一口食べた。彼女の表情が一瞬で変わり、感激の声を上げる。


「これ、めっちゃ美味しい!お魚が新鮮で、口の中でとろける感じ!」


「本当?じゃあ俺も…。」悠太が一口食べると、すぐに同じ感想がこぼれた。「うわ、すごいな。こんな味初めてかも。」


「ふふ、でしょ?地元の漁師さんたちが早朝に採ったものをそのまま使ってるから、新鮮さが違うのよ。」香織が満足そうに微笑む。


麻衣が握り寿司を手に取りながら、「これ、なんていう魚だろう?」と尋ねると、香織がすかさず答えた。「それは金目鯛ね。この辺りでは名物なの。」


「金目鯛…!贅沢すぎる!」麻衣は感動しながら口に運び、その上品な甘みと脂の乗りに驚嘆した。


「俺も!」と莉音が続き、同じく感動の声を上げると、全員が次々と料理に箸を伸ばし始めた。


そんな中、由梨菜がふと香織に尋ねた。「お母さん、ここに来る前にお父さんが来たって言ってたけど、いつ頃来たの?」


「うーん、確か3年くらい前だったかな。そのときもすごく美味しかったって話してたのよ。でも、こうやって仲のいいみんなで食べたほうが、違う楽しさがあるわよね。」


「確かに、家族や友達と一緒だと、食事の時間って特別になりますよね。」悠太が言うと、莉音と麻衣も同意するように頷いた。


「そういえば、さっき由布院の話してたけど、あのときの旅館のご飯も美味しかったのよねー。」香織が思い出したように呟くと、由梨菜が「ちょっと、その話はもういいから!」と照れた顔で遮ると、香織が、「ただのご飯の話じゃないの」と返して、みんなはクスクス笑う。


香織はにやりとしながら、「そうやって素直じゃないのよね、この子は。」と言い、由梨菜はさらに頬を赤らめた。


そして最高の寿司ランチを満喫した一同は、席を立つ前にそれぞれ深く満足した表情を浮かべていた。窓の外に広がる青い海が、まるでこの楽しい時間を祝福しているようだった。


「美味しかったねー!特にあじのたたき、香織さんのおすすめだけあって最高だった!」莉音が興奮気味に言うと、麻衣も「私、こんなにウニが美味しいの知りませんでした!」と笑顔を見せた。


「みんな喜んでくれて良かったわ。ね、由梨菜?」と香織が振り返ると、由梨菜は少し照れたように微笑んで頷いた。「うん、ほんとに美味しかった。ありがとう、お母さん。」


悠太もメニューを閉じながら、「こういう時間、なかなかないですからね。香織おばさん、本当にありがとうございます。」と頭を下げる。


「いいのよ、いいのよ。たまにはこうしてみんなで楽しむのも大事よね。」香織が微笑むと、一同も笑顔で頷いた。


店を出たあと、香織がふと立ち止まり、青空を見上げながら言った。「さて、お腹もいっぱいになったし、次はどこに行こうかしら?」


「お母さんゴメン。出来れば今日中に神戸に着きたいんだよね。」


香織は驚いたように眉を上げながら、「え?神戸?急ぐ理由でもあるの?」と尋ねた。


「ううん、神戸からフェリーで宮崎に行くんだけど、こっちで一泊しちゃったら高くなりそうだから、出来れば今夜のフェリーに乗りたいの。」


香織は「なるほどね。そりゃ確かに、宿代とフェリー代、両方かかるのはもったいないわね。」と納得したように頷いた。


「わかったわ。熱海駅ね。急ぐわ。」香織はそう言うと、一同を促して車に向かって歩き出した。


香織の車に乗り込むと、一同はリラックスした様子で雑談を交わしながら熱海駅へ向かった。車窓には海沿いの美しい景色が広がり、軽快な音楽が流れる中で、時間があっという間に過ぎていく。


やがて車は駅前に到着。香織が「はい、到着~!みんな気をつけて行くのよ。」と明るく声をかけ、一同は口々にお礼を言い、荷物を手に車を降りた。


「ありがとう、お母さん!いろいろ助かったよ。」由梨菜が感謝を伝えると、香織はにっこり微笑んで「いいえ、楽しんでね!」と手を振った。そして、最後に悠太の手を取って、真剣な眼差しで言った。「ゆうちゃん、由梨菜に何かあったら助けてあげてね。お願いよ。」


悠太は「あ、はい!僕が責任持って守ります!」と背筋を伸ばして応えると、香織は深く頷き、満足そうに笑顔を浮かべながら言った。「ありがとうね、あなたも気をつけるのよ。また熱海にゆっくり遊びにおいでね。」少し目を潤ませながら、優しく手を振った。


こうして一同は、次の目的地に向かうため熱海駅へと足を踏み入れた。由梨菜は、「さぁ、旅の続きだよ!」とみんなを浜松行きの電車に案内した。

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