第5話
「ごほんげふん」
大仰な咳払いでもって、ハルさんは僕の話を遮った。一泊二日の旅程のうち、一日目の内容を話し終えたので、キリが良いタイミングではあった。僕とニシローランドゴリラを乗せた列車は藤沢駅を過ぎたばかりだった。
「どうかしましたか?」
僕は隣席に問う。
「私は初めに、『恥ずかしがらず包み隠さずお話しください。ゴリラは義理堅く口も堅い』と申し上げたはずです」
「たしかに」
まるで数分前の時空からコピーしてきてここにペーストしたかのように、一言一句違わずその通りだ。
「若い男女が温泉旅館に泊まって、良い感じに酔いが回って、それで、行為に及ばなかったのですか?」
ハルさんはかすかに頬を赤らめながら問うた。元が黒いので赤らんだかどうか実際のところ判然としないが、ともかく。僕は思わず周囲を窺う。日曜午前の電車内でする話として適切でないように思ったからだ。
「聞くところによると、ヒトは繁殖を目的としない性交渉をするとかしないとか」
幸いなことに、周囲で我々の話に耳を傾けている者は無い。
「なるほど。僕が恥ずかしがってその部分を省略したと思っているんですね」
「違うのですか?」
「うん……そうですね。僕らはその晩、何もそういったことはせずに、眠った、と思う」
「思う?」
「少なくとも、起きて酔いから覚めた時、そのような痕跡は無かった」
ハルさんは困ったような、あるいは残念そうな表情をしていた。
「でもたしかに僕は、あなたに話そうか話すまいか、迷っていることがあります」
僕はハルさんにそんな顔をしてほしくなくて、そう言葉をつづけた。
「というと?」
「恥ずかしいから、と言うのではなく、単純に夢なのか現実なのか自信が持てないから、話すのをためらっていることがあるんです」
ハルさんはパッと顔を輝かせる。
「夢であっても構いません。むしろ、夢の方が大事である場合があります」
「じゃあ、そこから続けますね」
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