容疑者探偵~灰色の教室編~

ゆーにー

第1話 二年前の真実

『赤城(あかぎ)直也(なおや)

 お前の罪を裁く。六月十七日。十七時三十分に一年三組の教室に来い』


送り主の名前すら書かれていない奇怪な手紙を尻ポケットにねじ込んだ。チラリと教室にかけられている時計を見ると、時間は十七時十五分を指していた。空はだんだんと橙色に染まっていく。いつもなら、運動部のはつらつとした声が聞えてくるが、珍しく今日は聞えない。

「くっさ! この臭い……やっぱり赤城か。お前、その白衣洗えよ」

 声のするほうに視線を向けるとそこにはガッチリとした体躯を持った短髪の男子生徒だった。確か名前は……

「アオテンジョウ」

「青山天(あおやまてん)翔(しょう)だ!」

「あぁ、そうだったな。ここに来たってことはお前も手紙を貰ったのか?」

「も、ってことはお前も貰ったのか?」

「あぁ、だからここにいる」

 俺は手紙を天翔に見せる。彼は手紙を見るなり嫌悪の眼差しを向ける。

「お前、良くそんな気持悪い手紙持てるな」

 天翔はそう言うと窓側の最善席に座る。

 程なくして再度、教室の扉が開いた。

「お前ら、なんでここにいるんだ? 直也、科学部はどうしたんだ?」

 俺と天翔に声をかけたのは化学の教科担任の白木(しらき)隼人(はやと)先生だった。暑いのかスーツの袖を捲っている。

「先生も手紙を貰ったんですか?」

天翔が声を張り上げて訊ねた。

「手紙? なんのことだ? オレは、紫苑(しおん)の付き添いで来ただけだぞ」

 隼人先生が少し扉から離れる。

教室に長髪の髪と凜々しい目元が印象的な少女が入ってくる。

「新島(にいじま)!」

 天翔が驚いたように声を上げる。新島……フルネームは新島紫苑。たしか一年の頃、同じクラスだった女子生徒だ。

一年の時はもっと地味な女子生徒だったが、今は学校でも一、二を争う美少女。おまけに性格も良く、成績も良いため、非公式のファンクラブまであるという噂だ。

「あれ? 天翔……と赤城君もいたんだね」

「どうも」

 紫苑は俺に一瞥をくれるとフイッと視線を外し天翔のところに向かった。

「天翔も貰ったの?」

 紫苑はポケットから手紙を取り出す。恐らく俺や天翔と同じ手紙だろう。

「あぁ。まったく、いったい誰がこんなイタズラしかけたんだろうな」

「本当困っちゃうよね」

 二人が困ったように眉間に皺を寄せた時だった。

「えっ? どういう状況?」

「おい、早く入れよ」

 教室の扉からまたもや声が聞える。俺たちが扉に視線を向けると、次々と生徒が入ってくる。しかも皆一年の時同じクラスだった生徒たちだ。

 天翔が近くの男子生徒に事情を聞く。

「お前達も来たってことは手紙、貰ったのか?」

「あぁ、そうだ。それで気になってよ」

 どうやらここにいる生徒の殆どが例の手紙を貰ってここに来たらしい。イタズラにしては少々規模が大きい。俺は、この手紙を送った者は何か並々ならぬ目的があってこのようなことをしたのではと思った。

 そして、その予想は当っていた。

「あっ」

 天翔が時計を指した。つられて、皆の視線も時計に集まる。時計は十七時三十分を指していた。

その瞬間、カンカンと木槌を打つような音がした。この音は司法ドラマなどで裁判長が判決を言い渡す時に鳴らすガベルの音。まさか、今から裁判でもやる気か?

 俺は教室に響き渡る音を訝しんでいると更に異変は続いた。開けっぱなしだった教室の扉は一人でに閉まり、夕焼け色だった空は血のような紅に染まる。

 教室にいる生徒達は、あまりの異常事態にパニックを起こす。

──パァン!

 何かが破裂する音が教室に響く。

全員が音のなった黒板の方を向く。そこには手のひらを合せた隼人先生が笑みを浮べながら立っていた。

「びっくりしただろう。ごめん。でも、これで少しは落着いただろう」

隼人先生のおかげで教室の空気が柔らかくなった時だった──

『流石、この学校一の人気者の隼人先生。生徒を纏めるのは上手ですね』

 どこからともなく少女の声が聞える。教室の気温がグンと下がる。そして、水面から静かに体を出すように黒板からヌルリと少女の上半身が現われた。ただし、その体は半透明で透けている。

 ──幽霊。

俺は目の前の少女をそう認識した時だった──

「い、いやぁーーーーー!!」

 女性生達の悲鳴が教室に響く。俺を含めた男子生徒達はその場から動けないでいる。近くにいた隼人先生も腰を抜かしその場に尻餅をつく。

 俺たちの反応に満足したのか黒板から現われた少女はニヒルな笑みを浮かべ黒板から体全体を出す。

黒い丸眼鏡に二つの三つ編み。小動物をおもわせるクリリとした瞳を持った幽霊は俺たちを見渡して言った。

『久し振りね。と、言っても憶えてないでしょうから教えてあげる。私の名前は──』

幽霊の少女の自己紹介に割って入り混むように天翔が声を上げた。

「千紗……千紗だよな! 一年の時、同じクラスだった」

 一年の時同じクラス……確かに、目の前の幽霊の少女が着ている服は、教室にいる生徒と同じ黒山高校の女子生徒の制服だ。

 千紗と呼ばれた幽霊の少女は、自己紹介を邪魔されたのが気に入らないのかふて腐れたように言葉をならべる。

『そうよ。私の名前は灰崎千紗(はいざきちさ)。二年前の六月二十五日に、この中にいる誰かにに殺された、灰崎千紗よ!』

 千紗の激昂により更に教室の温度がグンと下がる。

「千紗……あっ! 二年前に自殺した灰崎千紗か!」

 隼人先生の言葉に俺も完全に思い出す。そうだ! 確か一年生の時に屋上から飛び降り自殺をした女子生徒の名前がたしかそんな名前だった……ん? 自殺された?

「ちょっと待て。灰崎。お前は自殺のはずだろ。それを勝手に他殺だと思い込んで、俺たちを巻き込むなよ。迷惑だ。さっさとあの世に帰れよ」

 俺の指摘に千紗はヒステリックに叫ぶ。

『私は……私は、自殺じゃない! 殺されたのよ! 屋上から背中を押されてェ!』

 千紗は般若のように表情を歪め、俺に向って勢いよく近づく。そして半透明の両腕で俺の首を絞める。

 突然、俺は呼吸が出来なくなる。目の前の千紗に拳を振るうが、その拳は空を切るのみだった。次第に瞳には涙がたまり、視界がぼやける。意識が……とおのく──……

「待つんだ千紗! 君の怒りは良く分った。直也にも非がある。でも、犯人と決まったわけじゃない直也を今殺そうとするのは筋近いだ!」

 隼人先生の言葉を聞き千紗は渋々といった感じで俺の首から手を離す。

 その瞬間俺の首に感じた圧迫感が消える。俺は、その場で跪き咳き込む。隼人先生がそんな俺の背中を優しく撫でる。

 千紗は俺に向って「次は無い」と目で語る。

「あの、灰崎さん。貴方が殺されたことは分った。なら、犯人の顔は見てないの?」

 紫苑がおずおずと手を上げて訪ねる。紫苑の言い分は最もだ。殺されたのなら、殺した人物に心当たりがあるのは必然だ。

 しかし俺の予想は大きく裏切られる。

『アンタ馬鹿? 私も伊達や酔狂でやっている訳じゃないのよ。私だって犯人が分ってたらこんな面倒くさいことしないわよ……記憶があやふやなのよ……特に死んだ直後のね……だから! 私はこの学校で私と関わった人間……二年前の一年三組の生徒とその担任である隼人先生をここに閉じ込めたってわけ』

「……閉じ……こめた」

 紫苑は目を大きく見開き灰崎に聞き返す。

『えぇ、そうよ。ここはもう、アンタ達がいた世界じゃないの。ここは、私の力で作りだした異空間。犯人が自白するか、もしくは犯人を見つけるまでアンタたちはこの学校から出ることも助けを呼ぶことも出来ない』

 俺たちはいっせいに携帯を確認する。しかし、いくら携帯をタップしても反応はない。

直感的に理解した。千紗の言った言葉は全て真実。灰崎を殺した人物を見つけないかぎり俺たちに未来は無い、と。

灰崎は嗜虐的な笑みを浮べながら教室にいる生徒たちを煽る。

『さぁ、見つけなさい! アンタ達の中に隠れている殺人犯を! どんな手段を使っても、ね』

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