第8話 ラカリズ村7 悪開閉の門


「は?」

 

 オスカーは困惑した。

 しかし即座に制止を呼びかけた。


「ちょっと待ってくれよ! ラナが! ラナを助けてくれ! お願いだ! アンタめちゃくちゃ強いんだから助けられんだろ!」


 ギデオンが足を止めた。


「……ラナ? 何者だ?」


「幼馴染だ! 俺と同い年くらいの金髪の女! 今もこの村のどこかで助けを待ってるはずなんだ!」


「諦めろ。私の見立てではこの村の生き残りはお前だけだ」


 オスカーは否定する。


「そんなはずがねえ! あいつならどこかに隠れてやり過ごしてる!」


「建造物は一軒残らず全壊している。私が風を起こし消し去るまでの間、炎が全てを焼き尽くしていた」


「川の中に飛び込んだとかそういう可能性だって考えられる!」


「であれば行方不明の捜索は後にしろ。まずは魔物の流出を阻止することこそが何より優先されるべき事なのだ」


「魔物の、流出?」


「それを確認するためにあの森へ足を運ぶ必要がある」


 ギデオンは歩みを戻し、オスカーを片腕で抱え込んだ。


「……おい? なんのつもりだっとうおおおおおおおおおおおおああああああああ!?」


 まるで風になったようだった。

 オスカーを抱えたままギデオンは疾走している。

 村からラカリズ森の中に侵入し、乱立する木々の隙間を掻い潜りながら高速で周囲の景色を置き去りにし彼はそれでもさらに加速していく。


 目まぐるしく変化する景色を直視し、オスカーは吐き気がこみ上げ、気持ち悪くなっていた。

 夜闇の中、己の意思の挟む余地のない瞬足での移動は、顔面に叩き付けられる風圧と、突如出現したように見える樹木の幹とぶつかり合いそうになる恐怖とでオスカーにとっては非常に大変な事態であった。


 ギデオンはこの移動速度の中でも魔物を見つけると即座に魔導術を放ち、通り抜け様に一匹残らず殺害して行った。

 やがてギデオンが足を止めた時、オスカーは森の地面に放し落とされた。


「おええええええ! げろろ! おえええええええ!」


 大地に膝をつき、思うがままに嘔吐する。


 吐き終えるとオスカーは、紫色の炎に焼かれた森の景色に大量の血痕や、人間の遺体が転がっている壮絶な光景を視界に入れた。

 鼻先を血の臭いが掠めていく。


「……なんだよ、これ」


 ギデオンが遺体を見下ろす。


「解放人を生業とする者たちの遺体のようだ」


「それってまさか、グランツ叔父の家に泊ってやがった解放人たちの……?」


「こっちへ来い」


 ギデオンの声に促されオスカーは進んだ。


「あれを見ろ」


 ギデオンが言った。

 オスカーは驚愕に顔を染めた。


「ッ……なんだ、なんでこんなもんがラカリズ森ん中に!?」


 紫色の霧が、木々の開けた場所に漂っていた。

 その霧の中には巨大な球体状の何かが隠されている。


悪開閉あくかいへいの門だ」


「悪開閉の門?」


 オスカーの困惑に、ギデオンは淡々とした様子で返した。


「この中には悪開閉の世界と呼ばれる特殊な空間が広がっている。お前はこれからその世界へ赴き、その中で悪しき魔力の漏れ出す亀裂を見つけ出さなければならない」


「悪しき魔力、それって女神シヒツノに敵対してる悪魔力のことだよな? なんだってそんなもんがこんなところに……てかこん中に入る……? なんで俺が?」


 おぞましい雰囲気をかもし出す紫色の霧に隠されたこの球体状の何かは、足を踏み入れてはならない何かだとオスカーの直感が訴えていた。


開閉かいへい魔導師の才があるお前にしか成しえないことだからだ」


「――開閉魔導師の才……俺にしか成しえないこと?」


「そうだ。先ほど悲鳴が聞こえてきたと話していたな? あれは開閉魔導師の才がある者にしか聞こえぬ声なのだ」


 呆然とオスカーは目線を開閉の門へ向けた。


「これが? あの悲鳴の出どころだっていいたいのか?」

「助けて!」「うああああ!」「殺さないで!」

「食わないでくれ!」「痛い、痛い痛い痛い!」

「誰か、誰かあ!」「ママ―!」

「私のこと食べないでよッいたいッッいたいッッ!」

「助けて!」「うああああ!」「殺さないで!」

「食わないでくれ!」「痛い、痛い痛い痛い!」

「誰か、誰かあ!」「ママ―!」

「私のこと食べないでよッいたいッッいたいッッ!」

「死にたくない」「あああああああああああ!」


「うっ、くそまた……声が」


 脳内に反響した大量の悲鳴にオスカーは揺らめく。

 突如、巨大な毛むくじゃらの魔物が悪開閉の門から出現する。


「はあ!?」


 驚き尻もちをつくオスカー。

 即座にギデオンが魔導術を放ち、その魔物は倒された。


「な、なんでいきなり魔物が!?」


 とオスカーはギデオンを見上げた。


「悪開閉の世界には不魔力ふまりょくと呼ばれる人間の負の感情によって産み落とされる魔力が蔓延まんえんしている。あの世界に漂う悪魔力と不魔力は結合し、我々の目前にある門の中からこの世界へと流出する。その際にこのように魔物へと姿を変え、生れ落ちるのだ」


 横たわり動かなくなった魔物を見下ろしオスカーははっとした様子でつぶやいた。


「思い出した。悪開閉の世界って確か魔物がたくさん暮らしてやがる世界のことだ。ラナが前に話してたおとぎ話に出てきた」


「説明が不足している」


「……不足?」


「今はまだお前が気にする必要はない」


 ギデオンは説明の続きを口にする。


「お前が知るべき事柄は……この門の中に開閉魔導師が侵入した瞬間、悪開閉の門から流出する悪魔力の流れが一時的に中断するという事実の方だ」


 オスカーのことを見つめてきていた。


「つまり、お前がこの門の中へ侵入し悪開閉の世界に滞在している限り、この村を襲撃している魔物たちは一時的にこの場に生まれ落ちなくなるということを私は説明している」


「なんで俺なんだよ……なんで俺こん中に入らなきゃならない?」


「悪開閉の門は開閉魔導師しか侵入し閉じる事が出来ぬ門なのだ。そして現在この場に存在する開閉魔導師、それは」


「俺だけってことか……?」


「お前だけがこの村の現状を救うことができる」


「俺だけが、村を救える……?」


「お前が悪開閉の門の除去を行なっている間、ラナという娘の身柄は私が探しておいてやろう」


「――本当か!?」


「だが期待はせぬことだ。お前を除いて誰一人として生き残りは存在せぬと私はそう判断している」


「ラナは生きてる。俺はそれだけを信じる」


「ならば門を一刻も早く閉じに向かうがいい。魔物を倒す力のないお前が娘を救うためにできることはそれだけだ」


 オスカーは覚悟を決めた。


「どうやって門へ入りゃいい?」


 オスカーは悪開閉の門を見上げた。


「手のひらを前に出し、門へと向けろ」


 言われるがままにオスカーは従った。


「悪開閉の世界へと侵入した後お前はその世界で旅をすることになる。その旅の中で悪魔力を流出させている大元である亀裂を探し出し、開閉を行うのだ」


「亀裂を閉じることが開閉なのか?」


 ギデオンが頷いた。


「それを俺がやれば本当にラナのことを探してくれんだな?」


「お前が魔物の誕生を食い止め、私がラナという娘を探す」


 オスカーが頷いた。


「これより私が口にする言葉の復唱を行え。それによりお前の開閉の旅が始まりを告げる」


 ギデオンが詠唱の手本を口にする。


「オスカー・エメラルデが開閉する」


 オスカーは耳に届いたその言葉を己の口から発した。


「オスカー・エメラルデが開閉する」


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