勇者おばあちゃん(75)は極寒の異世界転移先でスキルこたつ召喚を使って無双する〜こたつは生物即落ち堕落製造機〜

アガタ

第1話 こたつを抜けるとそこは雪国であった

「マサヒロ、どこに行ったの?」


 葭谷紗和江よしたにさわえ(75)は、こたつに腰掛けながら、行方不明になった愛猫の名前を呼んでいた。ついさっきまで膝の上で丸くなっていたはずの猫が、ふと目を離した隙にいなくなってしまったのだ。


「マサヒロや、マー君……どこに隠れたのかねえ……」


 居間の隅々を探してみたが、どこにもいない。押し入れの中も見たし、台所の隅も覗いた。それでも、ふわふわの毛並みを持つマサヒロの姿は見当たらない。


「あの子ったら、また変なところに入り込んだんじゃないのかね?」


 ため息をつきながら、紗和江はもう一度こたつに戻った。ふと気づくと、こたつ布団の中が妙に膨らんでいるように見えた。


「もしかして、ここにいるのかい?」


 そう言って布団をめくると、やはり何もいない。その上、奥の方が暗くてよく見えない。


「……マサヒロ、こんなところに入っちゃあいかんよぅ!」


 そう言いながら、紗和江はこたつの中に体を半分突っ込んだ。普通ならこたつの中は狭く、ただ天辺に電気ストーブがあるだけのはずだ。でも、布団の奥は妙に深く感じられる。


「はあ、何かねえ……?」


 不安を覚えつつも、紗和江はさらに体を押し込んでいった。どこまでも続くような暗闇の奥から、冷たい風が吹いてくる。そして――


「!?」


 妙な違和感に襲われ、紗和江はこたつの中から這い出した。

 冷たい冷気がこたつに流れ込む。紗和江はゆっくりと顔をあげた。

 紗和江は、雪と氷に覆われた見知らぬ場所に立っていた。刺すような冷気が肌を突き、周囲は真っ白な世界が広がっている。空は灰色で、雪が静かに降り続けていた。


「これは……夢かしらねえ? 」


 驚きと寒さで体が震える中、足元から聞き慣れた声が聞こえた。


「やっと来たね、紗和江」


 驚いて声の方を見ると、そこには愛猫のマサヒロが立っていた。ただし、いつもと違うのは――彼が喋っていることだった。


「マ、マサヒロ! 喋っとるがな!不思議なこともあるもんだねえ……」

「僕のことより紗和江ちゃん、ここは異世界だよ。どうやら僕たち、こたつを通ってこっちに来ちゃったみたいだね」

「異世界……? なんだかわからないけどアンタが無事で良かったよぉ」

「うんうん、さ、僕を抱いて温まりなよ。寒いけど、何とかなるさ」


 マサヒロはそう言うと、紗和江の膝の上にぺたんと座って丸くなった。紗和江は呆然としながら周囲を見渡したが、どう見ても元の居間には戻れそうにない。


「こんな時、おこたがあればねぇ……」


 そのとき、空から低く響く声が聞こえた。


「葭谷紗和江よ。そなたをこの地に召喚したのは我である」


「召喚……?……どちらさん?」


「我はこの世界の神。この地は魔王によって極寒の地と化した。この地を救うため、そなたを選んだのだ」

「当選したのかい?そりゃあめでたいねえ!」

「安心するがよい。我はそなたに力を授けた。それは……『こたつ召喚』の力だ」

「……はいはい、ありがとうねえ……」


 紗和江の言葉に、神は一瞬言葉を詰まらせた。なんとも間の抜けた返事だ。この勇者大丈夫だろうか。いや、選んだのは神自身だった。神は気を取り直して続けた。


「そなたのこたつは、ただのこたつではない。この極寒の地を温め、人々を救う力を持っているのだ」


「おこたってすごいもんだったんだねえ……」

「紗和江ちゃん、試してみたら?」


 マサヒロが紗和江を促す。

 仕方なく、紗和江は両手を掲げた。


「召喚って、こんな感じでいいのかしら……フンっ!」


 恐る恐る手先に力をこめる。すると、ぽん!という音と共に目の前に彼女の家にあったのと同じこたつが現れた。


「あらあ!」

「すごい!これが、君の力だよ!」


 マサヒロがぴょんぴょんジャンプしながら微笑む。


 紗和江がさっそくこたつに入る。たちまち体が温まり、震えが収まった。


「いいねえ!やっぱりおこたは最高だねえ!」

「そうだね!あっ、紗和江ちゃん、おみかん食べる?」


 マサヒロもこたつに入り込む。


 こうして、紗和江の異世界での冒険が始まったのだった。

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