囲われルートはやめてください!(連載版)
四ツ倉絢一
プロローグ
1
意識が私とリンクして初めて出た言葉は「解釈違いです!」だった。
小学校お受験に成功した日、久しぶりに家族揃って食事をした。
食器の音も会話もない空間。ときどき、メニューを説明する料理長の声がする。それだけ。その場の人間が違うだけで、いつもと変わりはない、はずだった。
「皐月、お前もそろそろ人の使い方を覚える年だ」
終わりに、お父様は私を見ると、執事長に合図をした。
流れるようにドアが開き、少年が入ってくる。整えられた青い短髪。長いまつ毛に囲まれた、髪より深い、紺色の瞳。まだ輪郭に丸みのある顔はきっと、成長にあわせて無駄がなくなるだろう。
スリーピースの礼服が微妙な顔立ちの幼さと、身体の細さを際立てる。けれど、歩き方で普段からなにか運動をしていることが伺えた。
綺麗だ。
そっと息を吐く。
少年の髪をシャンデリアの光が透かして、肌に青い影を落とす。それが綺麗な顔の血色を打ち消して、ほんとうに人形のようだ。どこかで見たことがある、物語の登場人物のような美しい顔の。
「私は青井弥生と申します」
どこかで聞いたことがある、高い声。
「皐月、青井は」
「シーブイ、誰だっけ」
「なんだ?」
「……えっ? あ、申し訳ございません、お父様。なんでもございません」
頭が痛む。
今、自分はなんと言っただろう?
「青井は今日から皐月付きだ。もちろんお前ほどではないが魔力量もあり、家柄も申し分ない。人の使い方を覚えなさい」
青井、青井弥生。
「皐月お嬢様、よろしくお願いします」
胸の奥が跳ねた。
青井弥生。
指先が熱くなる。
なにか、思い出せそうな。
青井弥生、青井弥生。
青井弥生。
常磐財閥会長の一人娘・常磐皐月の付き人。
由緒のある家の産まれで、その縁があり幼い頃から常磐皐月の付き人になった。基本的には皐月の側にいるが、双子の妹に会うため定期的に実家に戻っている。
ヒロインに苦言を呈する皐月との主従関係とヒロインへの恋心の間で揺れ動きながらも、別け隔てなく接してくれるヒロインとの仲を深めていく。
──移植版、設定資料集までついてて三万って実質無料じゃん!
──へえ、エイプリルフール企画とかもちゃんと載ってるんだ。あれ、けっこう盛り上がってたもんなあ。
──キタ! 皐月様単体のページ! やばいやばいやばいちょっとここは身を清めてからにしよう、絶対それがいい。
──皐月様のページ以外にも情報載ってたりするかな、あっ今皐月様の字見えたぜったい見えたぜったい。
実は青井弥生は常磐皐月の初恋の人だった。
──はあ!?
「解釈違いです!!!!!」
「皐月!?」
そこから先の記憶はない。
ぶっ倒れて、高熱が出て、三日三晩うなされて。
そうして私は、皐月様の御尊体に転生してしまったことを悟ったのである。
「青井、はやく出ていってくれる」
「申し訳ございませんがそれはお断りいたします、皐月様」
取っ手をつまんで、ティーカップを口元に運ぶ。
ぬるめでミルクたっぷりのアッサム。スプーン二杯分はちみつが溶かされていて、舌触りがとろりとしている。
私が昔から好きな味。
背筋を甘さが濡らしていって、ソファまで溶けるようだった。広い自室を、ミルクティーの匂いが支配している。
「暇を出してあげると言ってるの」
「いりませんよ、そんなもの」
微笑む青井に対して、表情は動かさない。
青井は皐月様の言いつけに歯向かわないはずだ。
ヒロインに攻略されてなければ、の話だけど。
魔力と金が渦巻く陰謀マシマシ乙女ゲーム。
無邪気な庶民のヒロイン。
価値観の違うヒロインに心動かされる、太い実家の五人の攻略キャラクター。
そのうち青井弥生ルートと新橋文ルートでヒロインに立ちふさがる、新橋文婚約者の悪役、常磐皐月。
紅茶を舌にのせて、匂いと一緒に味わう。
明日のために、記憶を整理する。
六歳で転生に気づいてから、十一年。
ヒロインはよく知った通り、高校二年生の春、私の婚約者と同じクラスに転入生として現れた。
魔力のある生徒だけが通えるこの学園に。そういった家系ではない、お金持ちの家でもない、庶民のヒロインが、突然。
本来ならそれは、おかしな話だ。
魔力は金になる。ビジネスだ。
なのに一般家庭出身の庶民に魔力がある。それも、ここに入学を認められるほど。
魔力はみんなに平等にあるわけではない。昔は人類みな魔力があったような記述も見つかっているけれど、何百年も前の戦争の混乱で魔法は一度失われ、魔力は使われなくなり、衰えた。今は魔力のある人間のほうが少なく、あるといっても、その量に個人差がある。
魔力量が多いほど、金になる。
世間がその子に魔力があると知ったなら、金は積極的に動く。魔力に金額がつく。金が多い家に、子供は流れていく。養子、もしくは婚約者として。
完全ではないけれど魔力は血筋も関わる。お金持ちの家に魔力は固まっていく。魔力は、金の象徴となる。
だからこそ、常磐財閥会長の一人娘である常磐皐月様と新橋グループ代表の次男、新橋文の婚約は整った。お互い、家系で一番魔力の強い者同士として。
ヒロインは作中一魔力量の多い皐月様と並ぶほど、もしくはレベリングによって皐月様以上の魔力を持つ。というのに庶民として生きてきたのは、たまたま今までの生活で魔力が明らかになるような機会がなかったから、というご都合設定のためだけど。この世界で生きてきて、ヒロイン以外でこんな事情を持つ人間は見たことない。
魔力や財閥があること以外は大して現代日本と変わりないこの世界で、転入生アルビノ美少女のヒロインがその見た目、そして庶民と思えない圧倒的な魔力の強さですぐに学園中の噂となったのは、当たり前の事だった。
それはそれとして。
……白髪赤目?
このゲーム、キャラメイク機能なんてなかったよね?
名前はデフォルトネーム、キャラメイク機能はいじらない。
どんなゲームもそうしてきたけれど、皐月様目当てで何周もプレイしたこの乙女ゲーム。いくらスキップしてたって、機能があったのか、なかったのか。そのくらいは覚えている……はず。
立ち絵はないけれど、スチルに出てくる顔の見えないヒロインは茶髪だった。作中キャラクターの反応的に美少女であることは確かだけれど、ヒロインの瞳は赤だ、なんて話はなかったと思う。
そうなると、ほんとうにほんとうにほんとうに嫌だけど。もうほんとうに嫌だけど、思い当たる可能性は一つだけ。
前世の私が死んだ後に、リメイク版が出ている。
無理すぎる。でも冷静に考えてその可能性が一番高い。
「皐月様、おかわりはいかがですか?」
「……ええ、お願いするわ」
顔をあげると、青井と目があった。
そうだ、だって、攻略キャラクターの一人、青井弥生の声も女性声優のままだ。
出会った頃は専用のショタボイスなのだと思っていた。なにしろ自分と一つしか違わないのだから、年上でもあのときは女性声優の声がして当たり前とすら思っていた。
ティーポットを傾ける青井には、胸に膨らみがある。私の護衛としての職があるので筋肉は確かについているし、公式で胸板が厚めというネタでイジられていた記憶もある……けど、どう考えてもこれは胸筋と言えない。
背の高い皐月様よりもさらに高い身長は、男性平均よりずっと高い。服装もスリーピースのスーツ姿で、青い髪も短髪。後ろ姿だけだったら、正直よく画面で見た男の青井弥生と変わりない。
青井がティーポットを置いた。そこにミルクとはちみつを混ぜていく。
そういえば、髪の間から覗く左右一対のピアスも立ち絵では確認したことがない。
青井に出されたカップをつまんで、香りから楽しむ。
「前のものと香りが違うわね」
「ええ、こちらは最近採れたばかりのバラのはちみつでございまして、先ほどの桜のはちみつよりも香りに重みがあるかと」
「ええ、そうね」
「お味も違いますので、どうぞご賞味ください」
言われるがまま、ミルクティーを口に含む。
匂いと相まって、先ほどよりゆっくりと喉を通る、質量のある味がした。今の季節に適した、実りを感じさせる秋の味。ほんとうに、私好みの紅茶を淹れることに関して、右に出る者がいない付き人だ。ヒロインに攻略されてなければ、もっとよかったんだけど。
そのまま味わう姿勢を示しながら、そばに控える青井を見る。
何度見ても、背が高く、顔立ちは冷たさを感じる美貌のかっこいい男装の麗人お姉さんだ。
声も綺麗な女性の声。本編では低めの中堅男性声優だった。そういえばいつだったか、エイプリルフール企画で一部の攻略キャラがにょた化したシリーズがあった気がする。……それか?
とはいえ、私の護衛兼学生として通っている学園で女生徒たちに憧れの騎士様だと慕われているところを見るに、正直男でも女でも青井弥生は青井弥生なんだな……と思わざるをえない。
五人の攻略キャラクターの中で、青井は最も規律正しく、真面目で、大人。張り出される定期テスト結果も学年一桁順位をキープしているし、運動神経もいい。皐月様を護衛する姿を見て、私も護られたい! と思う女生徒が出てくるのはやっぱり当たり前のことなんだろう。
空気といっしょに、ミルクティーの甘い匂いを吸いこむ。青井の作る紅茶は、いつだって私好みの甘いもの。だって、皐月様の好みの味は、キャラブックのどこにも書いていなかったから。
「とてもおいしいわ、青井」
「ありがとうございます、皐月様」
「……ねえ、青井、よく今まで私に仕えてくれたわ」
常磐皐月様は、この物語において悪役、選んだ攻略キャラによってはラスボス位置のキャラクター。
なにも知らない庶民の身分と、主人公補正の高い魔力を理由になんでも許してもらえるヒロイン。他人に優しくするだけして、現実的な解決策は相手に任せるヒロイン。プレイヤーの自己投影のために自己を弱く弱く作られたヒロイン。
それとは違う、気高くて美しい人、常磐皐月様。
たった一人の由緒正しき常磐財閥跡取り娘。
その重圧から逃げなかった。与えられるより多くの力を得た。
魔力量と魔法はイコールではない。
筋肉だけあってもスポーツができないように、魔力だけあっても、魔法は使いこなせない。
だから学ぶ。魔力のある生徒しか入れない学校もある。そこで魔法を身に着けたものだけが就ける職もある。
魔力はビジネスだ。
常磐財閥の血統にふさわしい高い魔力を有する常磐皐月様は、両親に常にそう言われてきた。両親は強い魔力の子供に家のさらなる繁栄を求めた。
両親が味方でなかったわけではないが、子として愛されてきたわけではない。ビジネスパートナー。それが一番しっくりくる。
常磐皐月様は、愛を求めた。
愛されるため、学びを怠らなかった。自分の価値を知っていたから。価値を高めることはなんでもしたし、自分を貶めようとするすべてを許さなかった。
常に気高い人だった。
「青井、あなたがよければ、他の家を紹介しようと思うのだけど」
だから明日、常磐皐月様は、私は、自害をする。
ヒロインに婚約者を誑かされ、自分の価値を貶められたから。
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