第18話 ひいおばあちゃん

 二学期が始まり、姉のみのりちゃんは本格的な高校受験体制に入った。夏休み最後の模試で第一志望がC判定だったとかで、ちょっと焦っている様に見え、結構夜遅くまで頑張っているのが、カーテンで仕切った隣の部屋で布団に入っている私にもよく分かった。自分も初等魔術学校を受験した際、それなりに頑張ったとは思うのだが、みのりちゃんほど夜更かしはしてなかったかな。

 そしてその甲斐あってか、10月の模試ではB判定がついた様で、私もうれしかったのだが、ここで油断してはならない。とはいえ人間たまには緩む事も必要だぞと母に言われて、次の日曜日は久々に姉弟そろってショッピングモールに来た。そしてそこでミュウちゃんと合流したのだが、彼女もみのりちゃんと同じ志望校で同じくB判定らしく、今日は思い切り気晴らしをして明日から二人で頑張ろうという事らしい。当然、私は二人の弟成分供給元となる。

 

「ははは、みのり。せっかく大きな本屋さんに来たのに、また参考書見てるの?」

「だって、大きいからこそ、良い奴あるかも知れないじゃない」

「それはそれとして……今日は、漫画やラノベも見て行こうよ」

 正直、私もラノベは好きで結構読んでいる。この剣と魔法と勇者と魔王の世界は、まさに私が元いた世界そのものであり、自分が何者かであるかを思い出させてくれるのだ。それに私もまさに異世界転生者であり、これだけ膨大な数のラノベがあるのだから中には、私の帰還のヒントになる様な事が書いてあるものが存在するかも知れないではないか。


 だから何か面白そうなものは……私が、ラノベの新刊コーナーで物色していると、ミュウちゃんが声を掛けてきた。

「あき君はそういうのが好きなのかな? 魔法とか……」

「あ、はい。結構読んでます」

「前にデートした時も言ってたもんね。マナとか魔法とか……でもまだ中二病には早くない?」

「中二病? 何ですかそれ」

「あーいやいや。気にしなくていいから。それでさ、あき君。あのプールの時の事なんだけど……あれから私、ずっと気になってるんだよね……」

「気になってるって……プールって、あのお姉ちゃんがおぼれかけた時の事?」

「そうそう。あの時、プールの底で滅茶苦茶泡が発生したけど……あれって、もしかして君の魔法?」

「はいっ!?」

 突然そう言われて大層びっくりした。ミュウちゃんの言う魔法って、こう男女でドキドキしたりときめいたりする事を指しているのだとばかり思っていたのだが、どうしていきなり、そんな事を言い出したんだ?


「あのミュウさん。ミュウさんはあれが魔法だって思ってるの?」

「違うの? だって他に説明付かなそう。あき君言ってたじゃん。ドキドキするとマナが出てくるって。だからあの時、みのりを助けたくてドキドキしたのかなってさ」

 あー、そんな事覚えてたんだ。だが、そうするとミュウちゃんは本当に魔法を信じてるのか?

「そ、そうだね。それじゃミュウさんは魔法を信じてるの?」

「あー、そういう訳でもないんだけど……あの後思い出したんだよ。私のひいおばあちゃんの事」

「ひいおばあちゃん? そのひいおばあちゃんがどうしたの?」


「あー。ここにいたー! 本屋広すぎて探したじゃない!」

 どうやらみのりちゃんが、参考書の会計を終えて私達を探していた様だ。うーん。姉のみのりちゃんの前で魔法の話をするのは得策ではなさそうだ。私はミュウちゃんに「そのお話、お姉ちゃんのいないところで、後でお願いします」と小声で伝えた。

 その後、三人でショッピングを続け、ミュウちゃんと二人で話す機会がなかったため、帰宅後RINEを送り、姉さんがお風呂に入っている隙に彼女に直電した。


「すいませんミュウさん。変な話をお姉ちゃんに聞かれたくなくて……」

「いいよいいよ。みのりだったら、あき君が中二病を発症したとか言いかねないし。それで私のひいおばあちゃんの話だったよね。あれはまだ私が小学校二年生位の時かな。田舎のひいおばあちゃん……ああ、もう歳も今年で百歳越えてんだけどね。私がひいおばあちゃんちで、カツヤとお風呂でじゃれ合っていたら、それを見ていたひいおばあちゃんが言ったんだよ。『ミュウはカツヤでマナが造れるんだねー』って。なんじゃそれと思ったんだけど、ひいおばあちゃんそのまま話を続けてさ。自分も昔は兄や弟でマナを造って魔法が使えたんだって言ってたの。よく分かんなかったからお母さんにその話をしたら、ひいおばあちゃんはボケちゃってるからねー。気にしないでね……って。でもこれ、あき君が言ってた話に似てるなーって、思い出したんだよ」


 何だそれ!? 話を聞く限りでは私と同じ状態ではなかろうか。しかもミュウちゃんはカツヤ君だとマナが造れるだと!? 一体どういう事だ。だが……それを調べるには、直接ミュウちゃんのひいおばあちゃんに会って話を聞かなくてはだめだろう。だとしても百歳超えだってか? そんなの手をこまねいていたら、明日にでもあの世に旅立たれてしまうのではないか? 混乱した頭を押さえながらミュウちゃんに問いかける。

「あのさミュウさん。僕、そのひいおばあちゃんに会ってお話してみたいんですけど」

「おお。何か中二魂に火がついたのかな? でもひいおばあちゃん。今、兵庫の介護施設にいるんだよ。私でもそうそう会いには行けないかな。今、受験生だし……」

 そうか。そうだよな。せめてもう少し大人であれば、場所だけ聞いて一人で会いに行く事も出来ただろう。だが小学五年生では、一人で新幹線に乗るのでさえハードルが高い。仕方ないので情報だけでももう少し手に入れようと考えた。


「兵庫って、どの辺?」

「有馬温泉っていう有名な温泉場だよ。すぐ近くにおばあちゃんとおじさん夫婦も住んでるの。ひいおばあちゃんは、ちょっとボケちゃってるみたいだけど、身体はそれなりに元気そうで……まあ、すぐにぽっくり逝ったりしないとは思うから、質問まとめてくれたら、今度会った時お話聞いて来てあげるよ」

「ありがとうございます……宜しくお願いします」いや、伝言ではうまく調べられんだろうとは思うが、今はそれが精一杯だな。ちょっとがっかりしながら、電話を切ろうとしたら、ミュウさんが私に尋ねた。


「ねえ、あき君。その……マナ? もしかしたら私、カツヤとキュンキュンしたら造ったり出来るのかな? それであの時のあき君みたいに、どばーんと泡を造ったり……」

「うーん。どうでしょう。マナがあっても魔法を行使するには、それなりの訓練が……」

「そっか。わかった! それじゃ今日試してみるわ!」

「はっ? 試すって何を?」

「カツヤと一緒にお風呂入ってキュンキュンする!」

「あー……」私にはそれ以上、何も言えなかった。でも……本当にマナが出来たらすごいな。ちょっと見て見たい気もするが、他家の姉弟の入浴を覗き見る訳にも行かんだろ。


 スマホの通話を切ったところで、姉が部屋に戻って来た。

「あき君。誰と話してたの?」

「えっ? あ、いや。クラスメート。明日の宿題の相談」

「怪しいなー。あんた、私が思っている以上にモテるみたいだし……彼女が出来たらちゃんと姉の私に報告するんだぞ! でも、今日は付き合ってくれてありがとね。おかげで大分気分転換出来たわ。受験終わったら、ちゃんと二人でデートしようね」

 カーテンの向こうでそう言いながら、姉が濡れ髪を乾かしているのが分かった。


 ◇◇◇


 翌日の月曜日。私はカツヤ君から呼び出しを食らった。もしや昨夜のミュウちゃんの言葉に関係あるのかと、ちょっとビビっていたのだが、以前、体育館裏に呼び出された時とは雰囲気が異なり、取り巻きもおらず一対一での話になった。


「あのー。僕また、何かやらかしましたか?」恐る恐る聞いてみる。

「いや、そう警戒すんなよ。別に怒っちゃいないから。だが……お前、姉ちゃんに何吹き込んだんだ? 昨日、いきなりいっしょに風呂に入らされて、洗いっこさせられて……」言いながらカツヤ君の顔が耳まで赤くなる。

「うわー。でもちょっとうらやましいかも。ミュウさん美人だし……」

「バカヤロー。こっちの身にもなって見ろ……それで……魔法とかマナって何なんだ?」

「何だと言われましても……マナって言うのは魔法を使う時の原料みたいなもので……」

「そうじゃねえ! 姉ちゃんは、それを造れる様になるまで、毎日俺と風呂入るって言ってんだよ! それはさすがに俺の身体が持たねえ。お前から言って、姉ちゃんなんとかしてくれ!」

「身体が持たねえって……カツヤ君もお年頃ですね」

「ふざけんな。お前も男なら分かんだろ。このままじゃ俺。ほんとに姉ちゃん襲っちまうぞ!」

「それは……ちょっとまずいかも。分かりました。僕から何とか言ってみます」

「頼むぜ……」

 

 その後、僕はミュウさんにRINEを送り、訓練を伴わない魔法の行使は危ないとして、カツヤ君との入浴は勘弁してやってほしいと告げたのだった。



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