2-2.


「簡単な話で、行方不明になった人の手がかりを探したくて」

「行方不明になったのは、廃墟団地周辺に住んでいた人間。廃墟団地に詳しい知り合いはいるか?」

 みちるの言葉の続きを、梟が淡々と引き継ぐ。

 

「さっき話した通り、うちの店には廃墟団地出身の女が何人もいる。そいつらに聞いてやるのは構わないが、行方不明になった人間に繋がる情報が出るかは、保証しない」

 アニエロは身を乗り出し、声を低くして言う。そしてしっかりと、予防線を張った。

 

「さらに言えば、うちの店の女どもに危険が及ぶようなら、関わりたくないね」

 アニエロの表情は硬く、眉間に皺が寄る。気乗りしていないことを、表情にも言葉にも露わにしている。

 

「わざわざ金塊運んであげたのに、冷たいな」

 そんなアニエロの様子を見て、みちるは苦笑いを見せた。その場凌ぎの苦笑で、眼は笑っていない。

 

「名前はヤン。『殿下』の屋敷で雑用係として雇われていた、若い男の子。弟が一人いるんだけど、重い病気で病院に入院していて、ヤンとは一緒に暮らしていない。昨日の朝、出勤したところまでは見た。……私たちがヤンについて知っているのは、これくらい」

 矢継ぎ早に、みちるはヤンについての情報を伝える。アニエロは腕を組み、眉をひそめながら聞いていた。

 

わかったヴァ ベーネ。頭に入れておく」

 そう言って、アニエロは膝を叩く。

 

 みちるはアニエロの目の前に、画面側を見せつけるようにして、自身のスマートフォンを差し出す。その画面には、メッセージアプリのアカウントが表示されていた。

「もし何かわかったら、連絡もらっていい?」

 アニエロは一瞬眉をひそめ、軽く溜息をついてから、自分のスマートフォンを取り出し、みちるの連絡先を登録した。


「はい、どーぞ」

 みちるは、上着のポケットから出した小さなお菓子の包みを、アニエロへ差し出す。


「なんだこれ?」

 アニエロは少し怪訝な顔をしながらも、みちるの手にあるお菓子を手に取った。

 渡されたのは、カラフルな包装に包まれた、四角いチョコレートだ。


「日本のチョコレート。美味しいですよ」

「なんでいきなり」

 アニエロは、急に渡されたチョコレートに戸惑いを隠せない。

 

「……私、あなたの生き様は嫌いじゃない、んだと思う」

 みちるは含み笑いしながら、アニエロに言う。

 

 見慣れないチョコレートの包装をまじまじと見つめていたアニエロは、みちるに向かって舌打ちする。

 それから、アニエロは鼻で笑った。

「あんたに好かれても困るんだけどな」

 アニエロの憎まれ口を聞きながら、みちるはソファから立ち上がる。

 梟は、テーブルの上の灰皿に吸っていた煙草を押し付けた。

 

「ちなみに、あなたにとって『殿下』は、どれくらい厄介な相手なの?」

 玄関ドアへ向かおうとしていたみちるが、アニエロを振り返って尋ねた。さっきまで見せていた笑みとは違い、神妙な表情だった。

 何か思うところがあるのだろうが、それが何かは、アニエロにはわからない。

 それを見透かせるほど、アニエロはみちるのことを知らない。


「めちゃくちゃ、とっても、この上なく厄介、というところかな」

 アニエロは忌々しいものを見た時の顔で答えた。みちるはそれを見て、納得したように踵を返した。梟がその後ろにつく。


 今日もまた、嵐のように二人は去っていった。

 残ったのは、急にがらんとした部屋、手の中に残るチョコレートの包みと、煙草の匂い。

 遠くで聞こえる列車や車の音が、やけに響いて聞こえた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る