第4話 きらり(前編)

1月26日 午後14時20分


バイトを終えた啓はシュウを待つ為駅にいた。


「…相変わらずあの爺さんはベンチに座ってんのな」


いつからあそこに居て何時になったら帰るのか、ちょっとだけ気になる。


少しするとシュウが駅から出てきた。


「お待たせ〜!」 


「おう、来たか。それじゃ行こうぜ」


そう言うと啓は颯爽と歩いていく。


置いてかれない様にシュウは早歩きで横に並んだ。


「『行こう』って、もうどこで買うか決めてるの?」


愚問だ。


「当たり前だろ?」


したり顔をしながら啓は足を止めた。


「ここだ」


店名を見てシュウが口を出してくる。


「中古自転車屋って書いてあるんだけど...」


「良いじゃねぇか、中古自転車。風情があるだろ」


「…啓が良いなら別に良いんだけどさ。…それで何買うつもりなの」


またしても愚問だ。


「決まってるだろ、ロードバイクだよ。性能いい奴で走った方が効率も良いしな」


やはり啓はしたり顔をしていた。

それを見てシュウは言い放つ。


「高いんじゃない?ママチャリとかの方が安いよ」


「いや、お前。ママチャリで移動してるヒーローとかカッコ悪いだろ」


「…そうですか。」


はいはい、という感じでシュウは店に入っていく。


「あ、啓はこういう色好きなんじゃない?」


シュウの指差す先には赤色のロードバイクがあった。


(フッ...まあ悪くない。良いセンスだと認めざるを得まいか)


値札を確認する。


「なっ....!?」


"4万1000円"


俺の一ヶ月の給料半分!?


動揺を見せちゃダメだ。切り替えていこう。


「……シュウ。あの黒いのとかも良いんじゃないか?ほら、」


"4万6000円"


固まる。周りのロードバイクを見ていても6万や7万などがちらほら置いてある。

恐らく4万1000円は最安値クラスだ。


(…一応ママチャリの値段も確認してみよう。)


"1万2000円"


この金額なら手が届く。

しかしカッコ良くはない。どうしたものか。


静止する啓を見てシュウが声を掛けてくる。


「値段的にちょうど良いじゃん。これで良いんじゃない?」


他人事の様に言ってるが今日は俺達2人の自転車を買いに来た筈だ。

何故こうも余裕そうなのか気になってくる。


「…シュウ。お前は何買うんだよ」


そう言うとシュウは不思議そうな顔でこっちを見た。


「…?俺もう持ってるけど...」


写真を見せてくる。そこには高そうな黒のロードバイクが映っていた。


「お前...持ってるのかよ...。しかも結構かっこいい奴じゃねぇか」


ふふん、とシュウは得意げな顔をしている。

何故だか腹が立つ。


(相方はクロスバイクに乗ってるのに俺がママチャリ...??)



勢いだったのだろう。


赤のロードバイクを押して退店する啓の背中は少し物憂げに見えた。



午後16時



「そういえばシュウ。お前自転車乗ってきてないのか?」


自転車を押しながら啓が聞いてくる。


「うん。最初は使ってたんだけど結局電車移動で良いやってなっちゃった」

「…てかこれ今どこ向かってんの?」


行き先も分からないまま進んでいく啓にシュウは質問を投げかける。


「お前の家」


啓は一瞥もせずに答えた。


「はあああぁぁぁ!?なんで!?」


今日一大きな声が出る。


「せっかく自転車買ったんだからサイクリングしたいだろ」


相変わらず啓はこちらに目もくれない


「…うちまで戻ってからサイクリングしたら夜遅くなると思うんだけど」


「別に気にしねーよ。どうせ明日はバイトもないしな」


「…俺が気にするんですけど...」


少しの沈黙が続いた後、シュウが口を開いた。


「今俺んちの中汚れてるから上がらせないよ」


間髪入れずに啓が答える。


「…?別に自転車取りに行くだけなんだから上がらねぇよ?」


本音なのだろう。その様子にシュウは安心する。


40分ほどして目的地へ着くとシュウは自転車を取ってきた。ずっと使ってなかったからか少し埃が被っているが気にする様子は見せない。


「そんじゃ行くか!」

「どこ行くのさ」

「…そりゃあお前、海しかないだろ」


「着いてこい!」


啓が元気よく声を上げ先陣を切る、それに呼応するようにシュウがチャリを漕ぎ始めた。


「結構乗るのむずいのな!!」


楽しそうな啓を見ると、こちらもなんだか楽しくなってくる。

冬空の中、風に押されながら進んでいくのは寒いが不思議と心地が良い。

陽が沈んでいくのがよく見える。


1時間ほど経った頃既に辺りは暗くなっていた。

休憩を兼ねて夕飯をコンビニで済ませる。

外で食べるカップ麺は家で食べるよりも数倍美味しく感じた。



夕食を済ませてから更に30分後



そろそろ海が見えてこようかという時だった。

前で走っていた啓がベルを鳴らしたかと思うと勢い良く後ろへ吹っ飛んでくる。


シュウは瞬時に自転車を降りると啓を上手く受け止めた。

幸い目立った外傷は無い。ホッとする。


しかし何に吹き飛ばされたのか疑問に思う。

顔を上げた先にはフードを被った"人"が立っていた。


今まで出会ってきた、人にはあり得ない巨体をしている訳でもトウモロコシみたいなシルエットをしている訳でもない。

顔は見えないが露出した手や足は人そのものだ。

人と仮定して対話を試みる。


「貴方がやったんですか」


フードがゆらゆらしているだけで反応はない。


「..す ..す ..す ..す ..す」


仕切りに何かを呟いている。

よく見てみると手や足はシワだらけで乾燥と傷跡が目立っていた。


後ろからの風で相手の輪郭が顕になる。


唖然とする。

あまりにも異質だった。


姿形は人そのもの。しかし首から上はモヤが掛かったように白くユラユラと動いており、およそ人間の頭部とは思えない。


「アアアアアアアアアアアア!!!!!」


真後ろから啓の叫びが響き渡る。


「…俺の...俺の...チャリが....俺の半月分がァァァァ」


啓のロードバイクはまるでプレス機に掛けられたかの様にボコボコになっていた。


「…許せねぇ...。お前だけは...絶対に許せねぇ!!!」


啓は立ち上がると正面の敵へ真っ直ぐ突っ込んでいく。


「啓!!気をつけろ!!やばい感じがする!!」


シュウの声は啓に届かない。


「がぁアアアアアアア!!」


勢いよく殴りかかったが逆に殴り飛ばされた。

咄嗟にガードしたのだろう。啓の左腕には拳の跡が付いている。


「啓!!大丈夫!?」


慌てて駆け寄るが啓はこちらに目もくれない。


「…あの野郎ォ 、ぜってぇ同じ痛み味合わせてやる」


…強がってはいるが実力差は明白だった。

能力を使えない啓では分が悪すぎる。


シュウは咄嗟に親友の行く手を塞いだ。


「シュウ!!邪魔すんな!!」


荒々しい態度を取る啓からは冷静さなど微塵も感じられない。


冷静にシュウは言葉を発する。


「啓。約束、覚えてるよね。この敵は今の啓じゃ手に負えないと思う」

「それに俺たちは世界を守る為に戦ってる筈でしょ」

「今啓がすべきなのは特攻する事じゃなくて冷静になって相手を分析する事だよ。だからここからの戦いは俺がやる」


意外にも啓は口を出さなかった。

シュウの言葉を最後まで聞き終わると不服そうに答える。


「…分かった。でもトドメだけは絶対に刺すなよ。あいつにはやった事の罪を償って貰わないと気が済まねぇ」


どんな状況でも啓は啓だ。

シリアスな筈なのに口角が上がりそうになる。

それを隠す為に啓へ背を向け、敵を見据える。


「…ありがとう、待ってくれてたのかな。」


「でもこっちもダチをやられてるんだ。悪いけど容赦をする気はないからね」


「スゥー...変身!!」


体を覆う装甲の生成が開始されると共に強く光を発する。


手はまるで鬼の様に赤く、体は艶やかな紫。

ベルトには太鼓の紋様。間違いない。


「…今日は響鬼か」


変身体を確認するとゆっくり徒歩で距離を詰める。


此方の姿に気付いた怪物の頭はより一層強く揺れ始めた。


「..す ..す ..す ..す ..す ..す」


「…そうか。何を呟いてるかと思えば『殺す』ね...」

「余計見逃せなくなっちゃったよ」


殴りかかってくる相手の足を蹴り払い転ばせる。

立ち上がってもその度にシュウはひたすら優位に立ち続けた。


それでも相手の勢いは止まらない。


「殺す殺す殺す殺す殺す」


呪文の様に唱え続ける敵の腹を思い切り蹴り上げると頭から地面に叩きつけられた。

それでもなお、体を震わせながら体を起こす。


「…お前達はいつ…そう。どれ…殺…蛆みた…沸き…る」


男の声だ。顔にはやはり白いモヤが掛かっていて中は見えないが男である事は間違いない。


「…それ…に大切な人は私だ…置いて行ってしまう」

「お前達さえいなければ...お前達さえ!!」


「…ハナァァァァ!!」


男の声には怒りがこもっていたが、同時に理性がある様にも思えた。


男は立ち上がる。何度地面に叩きつけられても立ち上がり続ける。ただひたすらシュウを殺す為だけに。


何度も何度も何度も地面に這いつくばっても諦めない。


恐らくこの男は止まらないのだろう。

渾身の投げで地面に叩きつける。

今はまだ倒れているが必ずこいつはまた立ち上がる。


「啓!!生かしておく余裕なんかない!!」

「ここで仕留める!!」


啓の返答を確認する事もなければ一瞥もせずにシュウは決行しようとした。

しかしその決断は友人の姿を前に止められた。


「まあ、待てよ。お前らしくない」

「敵を分析しろって言ったのはお前だろ? なんとなく分かったぜ、こいつのことが」 


シュウの前に立ちはだかった啓はそう口にすると男の頭へ水をかけた。

すると相変わらず白のモヤは掛かっているが頭の揺れが治まった。


その様子を確認すると啓は男の前で腰を下ろした。


「なぁ、あんた。俺たちのことが見えるか?」

「最初に殴られた時あんたには理性の欠片も感じなかった。」

「でもモヤが弱くなった時のあんたは違う。」 

「あんた、今は理性あんだろ。だからもう一度聞くぜ?俺たちのことが見えるか?」


男は大の字のまま啓の声へ頭を傾ける。


「…そうか、私は人と物の怪の区別すらつかなく...」


「……。思い出せないのだ。」


「私には大切な人がいた。声と名前は確かに覚えている。だけど顔だけが思い出せないんだ。」

「もし誰かの顔を見てしまえば、私は二度と大切な人の顔を思い出せなくなってしまう気がするのだ」

「…もはや鮮明に覚えているのは怒りだけだ。大切な人を奪っていった物の怪への怒りだけが今も私の中で燃え続けている。」


そう言うと男は立ち上がり、自身の体を確認した。


「…そうか。私はあの時死んだのだな。そして今まで逃げてきたのか」

「ハナと会えぬ現実から、恨んでいた筈の物の怪に自身がなってしまったこの現実からも...」


顔は見えない筈なのに何故だか表情が伝わってくる。


「…もう良い。どうせいつまで続けても物の怪を殺し尽くす事など叶わぬのだ。」

「そちらの強き人よ、申し訳なく思うが終わらせては頂けないだろうか。これ以上恥を晒していてはハナにも申し訳が立たぬ。」


男はまるで罪人が打ち首を待つかの様にシュウへ頭を差し出した。


男のその姿を見るとただ一言のみ発する。


「…違う。」


一連の流れで冷静になったのはシュウも同じだったのだろう。独り言の様に呟いている。


「その結末は違う筈だ。そんな酷い終わりが待っていて良いわけがない。」

「…そうだ。そもそもその目的は本当に合ってるのか...?たとえ完遂したとしても残るのは虚しさだけだ。それなら本当に目指すべきなのは...」


シュウは男へ目を向けると静かに語りかけた。




 










「貴方が本当にしたい事は何ですか」

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