第3話 狼とトウモロコシ
「この世界を守る」
大層な事を言ったが啓の真意は別にある。
"未知を明かす"
最終目標はここだ。「世界を守る」という言葉に嘘などは決してない。
あの怪物達は何なのか、シュウが使っている力の原理は何なのか。
それを知る為の過程で人々を救えば良いだけの話である。自分の本懐を遂げる上で世界を救えるならそれは一石二鳥であろう。
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「世界を守るとは言ったけどよ、まずはあの怪物達を見つけない事には何も始まらないよな」
啓の言葉に対しシュウが呟く。
「そうだね。それに手が届く範囲も限られてる」
「…だよなあ、しょうがねぇ。とりあえず今日は2人で見回りでもするか」
4時間後
「見つからねぇ」
時刻は18時ちょうど。あれからどれだけ探しても昨日のような怪物は見当たらない。
「そもそも、そんな簡単に見つけられたら話題になってるよなぁ」
啓はつまらなそうな口調で散乱した空き缶をゴミ箱に投げ捨てる。
「新宿みたいな人が多い場所には出ないのかもねー」
シュウは何故か楽しそうだ。
「そういや、シュウ。あのピエロ以外の怪物も遭遇してんだろ?いつどこで見つけたんだ??」
「んー、一昨日の深夜かなあ。住宅街歩いてたらなんかいた」
…?一昨日の深夜?
「てことはピエロに会う前日か?」
シュウはこくんと頷く。
考えてみれば昨日のピエロも夜だ。
それに人気が少ない場所に出現している...。
「シュウ、もっと人が少ない場所に行くぞ。」
歓楽街から10分程離れた空き地
啓達は音も立てずにある1人の男を監視していた。
"様子がおかしい"
フードを被った男は右へ左へ意味もなく揺れ続けている。
監視から2分が経とうとした時、男は急に座り込むと盛大にゲロを吐いた。
「…なんだよ、ただの酔っ払いかよ」
啓は呆れつつ男を介抱する。
「大丈夫かよ、お酒なんてあんま飲むもんじゃないぜ」
慣れた手つきで背中をさすっているとシュウが水を買ってきた。
「おー、来たか」
小走りで駆け寄ってくるシュウを啓は目で追う。
…!!
「シュウ!!避けろ!!」
何かが飛んできた。
足元に転がる刃物を見て確信する。
「…ナイフ、またナイフか...」
暗闇の中から狼の様な怪物が姿を現した。
「うーん、やるねぃ。やっぱ40年ぶりの娑婆は最高だぜぇ」
人を舐めた様な笑みを浮かべる怪物を前に啓は立ち上がる。
「…シュウ。この人守ってろ。」
やっとこの時がやってきた。
昨日得た感覚を再確認できるチャンス。
敵の武器を再度確認する。
「ナイフだけか」
好都合。力を試す相手としてはこの上ない。
啓は足に力を込める。
「それじゃあ行くぞ...!」
駆け出した瞬間に気が付く。
"速くなっていない"
しかし走り出してしまった以上急に止まれば隙を晒すことになる。
一度のミスが命取りである事は学んでいた。
止まる選択肢はない。
瞬時に走る鼻の痛み。
顔を殴られた様だった。
後ろへ飛ばされる。
「感覚も変わっていない...!!」
狼男は笑みを浮かべながら言葉を放つ。
「なんだぁ?お前弱いのかぁ!?」
どういう事だ...?昨日得た筈の感覚が発現しない...
窮地に陥らないと発現しないのだろうか。
頭は冷静だ。戦闘の継続を選択する。
「…無闇に飛び込むのは辞めだ」
こちらに攻める気が無いと知ると狼男は笑みを浮かべながら近づいてきた。
「来ねぇならこっちからいくぜぃ〜」
振り下ろされるナイフを避ける。
「ほぉん、少しはやるじゃねぇか」
余裕そうにナイフを振り回しながら狼男は喋り続ける。
「でもいつまで持つんだろうねぇ!?」
時間が経つにつれ避けきれなくなってきた。
急所は避けているが浅い切り傷が増えていく。
右腕、左肩、左頬、左目頭。
痛い。それなのに未だ感覚は平常のままだ。
(…まだなのか...!?いつ発動する!?)
啓から余裕が消えていく。
「お、隙ありぃ!!」
流血のせいだろう。左の視界がぼやけた。
その一瞬を逃さぬ様、ナイフが向かってくる。
…やむを得ない。
「シュウ!!!!」
派手に音が鳴る。
それは怪物が殴り飛ばされた音だった。
「……へへ、ほんのちょっとやるじゃねぇか」
脳震盪を起こしたのだろうか、狼男は立てずに座り込んでいる。
…流石はシュウだ。力を使いこなしている。
そう思い、横に目をやる。
「…まじかよ...」
"変身してない"
変身せずにあの威力が出せるのか...??
異常だ。
変身も大概だが生身の状態で出せて良い力じゃない。
シュウは無言で狼男に近付いていく。
「油断してただけなんだからなぁ?あんまり調子乗るんじゃねぇぞ??」
強気に喋ってはいるが未だに立てる気配はない。
無言でナイフを取り上げる。
瞬間、狼男は悲鳴を上げた。
「お...お前ぇ、顔...覚えたからなぁ?」
「ぜってぇに許さねぇ...次見つけたら確実に殺してやるかra....」
言い切らせる前にトドメを刺す。
直後、不思議な光景が目の前に広がった。
死亡したと思われる怪物の体が光の粒子に分解され始める。
それはまるで心霊写真に映るオーブの様に霧散し、消えてしまった。
その光景を見送るとシュウは駆け寄ってきた。
「…大丈夫!?啓!」
さっきまで怪物を相手に凄んでいた奴とは思えない。
乾いた笑いが出る。
「…ハハ、大丈夫だ。切り傷程度だから」
遊ばれていたのだろう。実際に傷は浅い。
「…だけど、昨日みたいな力出せなかったな」
その事実が啓を苦しめる。
暗い顔をする啓を見て空気を読んだのだろう。
「…帰ろう。啓」
シュウはそう言うと啓に肩を貸した。
「ハッ、いつも肩貸して貰ってんな、俺は」
「…まだ2回だよ」
「…うるせーよい」
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その日は悔しさの余りよく眠れなかった。
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翌日 23時50分
「いやぁ!今日は幸運だ!なんてたってこの僕の初殺人解禁日ですからねぇ!」
「あなた達はもっと幸運ですよぉ!この僕の初めてになれるんですから!!てな訳で死に晒しなさいぃぃぃぃ!!!!」
メガネをかけたトウモロコシは見るも無惨に殴り飛ばされた。
もうこの光景には慣れてしまったらしい。
「…あんな息巻いてたのに一撃でやられたな」
粒子となって霧散するトウモロコシ怪物を横目に啓は話す。
バイト終わりにシュウを誘い、鍛えていた所、さっきのトウモロコシ殺人鬼(?)に絡まれた。
不幸なのか幸運なのかよく分からない。
「だいぶ弱かったね、あの怪物」
シュウは平然としている。相変わらず変身すらしていない。
「…さっき言ったけどさ、次からは最初、俺に戦わせてくれよ」
啓は懸垂をしながらぼやく。
「…分かってるって、ごめん。俺に向かってくると思わなかったんだ」
昨日の失敗を踏まえて、啓は自分の戦闘に条件をつけた。
「最初は俺が戦う。能力が発現しないまま危ない状況になりそうだったらシュウに代わる」
能力の発現は未知を理解する上で必要だ。
それに負けたままなのは気に入らない。
シュウも納得した様で危ないと判断したら勝手に参加するとも言っていた。
「…それで明日は自転車を買いに行くって事で良いのね?」
「おう。歩くより早いし、交通機関に左右されないから俺達には最適だろ。 ついでに足も鍛えられるしな」
啓の発言を最後まで聞くとシュウは笑顔で返答する。
「金銭問題が一番でしょ」
「…うるせーな!そうだよ!!何でもかんでも電車移動だと財布がもたねぇんだよ!」
「ははは!」
楽しそうに笑うシュウをスルーし言葉を放つ。
「明日遅刻すんなよ!じゃあな!!」
「うん!じゃあね!!」
…満足に別れたこの時は翌日あんな事が起きるなんて微塵も考えていなかった。
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