第11話

その日、米倉家と福本家の合同夕食会が行われた。

弥生ちゃんは残念ながら欠席。



「いやー、幸也も秀も速かったなぁ!蘭もかわいかったぞ!」



玄兄の言葉にゆきくんは笑顔を浮かべる。



「でもあれは秀のおかげ。

俺じゃ一位にはなれなかった」


「フク、なに言ってんだよ?

お前、俺のことバカにしてんの?」


部屋には沈黙が流れた。



「秀?どーしたの?」



お母さんが心配そうに聞く。ゆきくんママもビックリしてた。



「……いや、別に」



でも、今日ばっかりはさすがの私も秀に同情する。



「……ねぇ、ゆきくん?」


ゆきくんママとゆきくんが帰る時、私はゆきくんを引き止めた。



「ちょっと良い?」



ゆきくんの足が止まる。


「母さん、蘭ちゃんとコンビニ行ってくる。

行こうか、蘭ちゃん」



ゆきくんはもう全部、分かってるね。



「……うん」



分かってて、まだそうやって笑うね。



「ゆきくん、今日かっこよかった!」



私は強く責めることもできないし、しない。



「高跳び、新記録更新おめでとう!」


「はは、ありがとう。蘭ちゃんの靴紐効果かな」



「……ゆきく-」


「俺、秀を怒らせちゃったな」



赤い靴紐を見つめて、ゆきくんが言った。



「バレるって分かってたんだけど」



そして寂しそうに笑って私を見た。



「秀なら抜ける、そう思ったんだ」


ゆきくんがバトンを渡す前、力を抜いたことくらい私や秀には分かる。



それはきっと、あの食事会にいた玄兄以外みんな、気付いてた。



「……なんであんなことしたの?」



ゆきくんは苺プリンをカゴに入れる。昔から、私とゆきくんが好きなスイーツ。



「秀に『彼女にかっこいいとこ見せてーよなー』って言われて。


……ほんと、何してんだろうね、俺は」



ゆきくんはカゴにもう一つ苺プリンを入れた。



「蘭ちゃんも好きだよね、これ」



ねぇ、ゆきくん。


どうしてゆきくんはいつも秀のことばかり考えちゃうの?



「……ゆきくん」


私はゆきくんの腕をギュッとつかんだ。



「笑わなくていいよ」




初めてゆきくんの笑顔がキラキラしてないって思った。



「ゆきくんは秀のこと、なんだと思ってるの?

秀はゆきくんの操り人形じゃないんだよ」


「……蘭ちゃん」


「秀はバカだけど、そーゆーのは分かる」



ゆきくんは頷いた。


「知ってるよ。


俺は蘭ちゃんよりも秀と長くいるんだから」



そしてプリンを私に渡した。


「それに秀も知ってる。

俺が、変に気を遣って演出しすぎること」




ねぇ、弥生ちゃん。


こんな時、どんな言葉をかければゆきくんを救えるのかな。



そのまま家に戻ると玄関で秀に声をかけられた。


「……フク、何か言ってたか?」


「俺は変な気を遣いすぎるって言ってたよ」



すると秀はリビングのソファに足を広げて座った。



「……ほんとだよ。

もし俺が抜けなかったらどーするつもりだったんだよ」



そして、秀は鼻で笑った。


「お前に話す話じゃねーけどさ、俺、彼女と喧嘩してたんだよね」


「ふーん……」


「フクは多分それを知って、俺の見せ場があれば仲直りのキッカケ、とか考えたんだと思うんだ」


秀の少し掠れた声はなんだか妙にその場にあってた。


「しかも、ホントに仲直りできちゃうから、また腹が立つんだよな」



そして、うーん、と伸びをして立ち上がった。


「ゆきくんのこと怒るの?」


「怒らねーよ。

あいつだって分かってるだろ」



そして私が大嫌いな上から目線で偉そうに言ってくる。


「お前が思ってるほどフクも俺も馬鹿じゃねーんだよ。ばーか」



すっごいムカついたけど、まぁ、少がないのかな、って思ってその場を後にした。



たまに昔から私にも理解できない二人の関係があって、それを見ると少し寂しかった。



「あ、そーだ。

お前に今日は特別サービスで良い情報をおしえてやろう」


「……なに」


「フクな、多分もうすぐ粕谷と別れるぞ」



何も答えず立ち尽くす私を玄関に残して、秀は自分の部屋へと去っていった。

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