二 風量ラジオ

 びゅうん、より、びゅおおん、のがいいかも。

 そういう気分がして、わたしはラジオのツマミをひと目盛りぶん時計回りに動かした。

 流れる風の音がちょっぴりだけ変わる。

 狙い通りの風を受信するのは得意だ――どこかで通用するような特技でもないけれど、少なくともわたしの気分は上がる。

 最初のうちは自分の耳を騙すための風音だった。人の声の耳鳴りがするときはどうしても気持ち悪さがひどく、それを上書きするように。部屋全体が風の音に包まれれば、いくらか楽になる。

 言ってしまえばただのノイズ。だけど慣れてしまえば優れたBGM。

 いつしかわたしは、家事をするあいだじゅうずっと、ラジオから好きな風の音を聞くようになっていた。


 夫はわたしをラジオ中毒だなんて言うけれど、本当のとこはなにも聞こえていない。

「あなたの好きな周波数にあわせたっていいのよ」

 そう提案したら夫はツマミをくるくる回していたけれど、ああ、とか、うん、とかしか反応しなくて、しまいには「ラジオ番組ってのはどれも似たり寄ったりでわからんな」なんて言って嵐の風チャンネルのまま戻してくるのだ。

 どう考えたって風の音をラジオ番組だなんて思うはずないのに。

 夫のことは好きだけど、ごうごうと鳴る風を普段聴きにするのはいただけない。わたしはこっそり周波数を合わせなおす。

 さわさわと耳触りのよい風を受信する。

 あまり外へは行かれないわたしの、ほんの楽しみ。

「ぁ! あう!」

「ねー、綺麗な音がするわね」

 娘には、ちゃあんと風の音が聞こえているらしい。

 まだあんよもできないような歳だけど、窓の外で風の強い日は「うーうー」と音真似をして、それからラジオを小さな手で叩こうとする。できるだけ外の音に近い周波数へ合わせてやれば、娘はよく喜んだ。

 そんなときはわたしの耳鳴りもだいぶ落ち着くので、そのうちに家事を済ませてしまう。

 ああ、気分がいい。


 この子が大きくなってもまだ風の音を好きなようなら、もちろんこのラジオは譲るつもり。

 だけどその前に、このおんぼろラジオが寿命を迎えやしないか、わたしは心配しているのであった。

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