骨しゃぶり

タヌキング

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 小学五年生の加奈子は、学校の給食で初めて鳥の骨付き肉というものを食べた。

 そんなことは特別に強調して言うことでは本来ないのだが、そこで加奈子の妙な癖が発見されたのである。

 その癖というのが、いつまでも食べ終わった後に残った骨をしゃぶり続けるという癖である。それも無意識のうちに。

 初めの頃こそ同級生たちは「なにしてんだよ」と笑っていたが、給食が終わるギリギリまで加奈子が一心不乱にしゃぶっているので、その内に気持ち悪い様に思うようになった。

 同じようなことが二、三度続き、友人の一人がやめた方が良いと加奈子に促すと、加奈子自身がこの癖が嫌になってしまい。家に帰って自分の育ての親である叔母に相談することにした。

 叔母は夕食の準備をしていたがそれでも構わず、加奈子はこんな風にして自分の奇行を説明したのである。


「叔母さん、私変な癖があるの。食べ終わった鳥の骨とか無意識にずーっとしゃぶってるの」


 それを聞くと叔母は料理を作る手を止めて、真剣な顔で加奈子のことをじっと見つめ、暫くした後にこんな事を聞いた。


「骨をしゃぶっている時は、どういう気持ちなんだい?正直に答えな」


 叔母の顔があまりにも真剣で、少し怖くなった加奈子は正直に答えることにした。


「骨をしゃぶってる時は何だか心が落ち着くの。でも理由が自分でも分からなくて」


 これを聞くと叔母は少し表情を緩めた。どうやら加奈子の返答が彼女にとって安心できるものだったのだろう。 


「そうかい、じゃあ付いて来な」


 叔母の後を加奈子が付いて歩くと、叔母の寝室に通され、そこに置いてある桐ダンスの小さな扉から叔母はある木の小箱を取り出した。

 

「この中に入ってる物が、アンタの知りたがってる真相が分かる物だよ」


 そう言って、叔母は箱を開けようとする。加奈子は先程から緊張して喉がカラカラになっていたが、喉の渇きをいやすよりも早く真相を知りたかった。

 そうして箱が明けられると、そこには少し黄ばんだ小さな何らかの骨の様なものが入っていた。


「叔母さん、これって何?」


 加奈子がそう聞くと、叔母は優しい顔でこう言った。


「アンタのお母さんの左手の小指の骨さ」


「私のお母さんの?」


 加奈子はそんな物が何故こんな所に保管されていたのか?その理由が全くと言っていい程分からなかった。

 加奈子が一歳になる前に彼女の母は病気で亡くなった。だから加奈子にとって母との思い出はひどく朧気で、薄っすらと顔を覚えている程度であった。しかし、ここにきて母の小指の骨が出てきたので、加奈子は目を丸くして首をかしげた。

 そんな加奈子の為に叔母は説明を始めた。


「妹が死ぬ前、私に遺言を残したんだよ。私が死んだら左手の小指の骨を繋げて残しておいて欲しいってね。もちろん私はなんで?って聞いたさ。そしたらアンタの母親は、娘がいつも私の左手の小指をしゃぶっていたから、娘が泣き始めたら小指をしゃぶらせてあげて、そうしたら泣き止むからって、そう言うわけさ。その時は我が妹ながら気味が悪いことを言いだしたと正直思ったけど、死を前にした妹の頼みだからね、火葬の時に左手の小指を取っておいて、それを加工してもらって繋げたんだ」


 そこまで聞いて加奈子は段々と真相が見えてきたのだが、話の腰を折らずに最後まで叔母の話を聞こうと考えた。


「それで試しにアンタが泣いた時に小指をしゃぶらせてみたんだ。もちろん細心の注意を払ってね。そしたらピタッと本当に泣き止むんだから不思議なもんだよね。アンタはひたすら自分の母ちゃんの小指をしゃぶってたよ。それからは物心つくまで母ちゃんの小指がアンタのおしゃぶり代わりさ。気持ち悪いってアンタが落ち込むと思って言わなかったんだけど、さっきの話を聞いたら話さないわけにはいかなくなったよ」


「別に気持ち悪いなんて思わないよ」


 加奈子は気を使ったわけでも、皮肉で言ったわけでも無く、本心で言葉を口にしたのである。そしてある衝動を抑えられなくなっていた。


「ねぇ、叔母さん。その骨少ししゃぶらせてもらっていい?」


 加奈子がそう聞くと、叔母は口を閉口させて暫く考えた後、とある条件を出した。


「良いけど、これっきりだからね。もう赤ちゃんじゃないんだから、こんな物に頼ってたらいけないんだから」


「分かってるって、一回だけで良いの」


 そんなやり取りがあった後、叔母から小指を手渡された。非常に軽く何の重みも無い、これが死んだ母の骨なのか?と観察した後に、加奈子はそれを右手で握って口に持って行った。そうしてしゃぶる。しゃぶる、ただしゃぶった。

 すると心が落ち着いて、鳥の骨の何倍も、いや何十倍も気分が良くなっていった。そうして自然と目から涙がこぼれる。ろくの覚えても居ない母の愛を今になって、ひしひしと伝わって来たのである。


「お母さん……ありがとう」


 それ以来、加奈子は母の骨をしゃぶることは無くなり、骨付き肉を食べても鳥の骨もしゃぶらなくなった。

 ようやく彼女は母離れが出来たようである。



 

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骨しゃぶり タヌキング @kibamusi

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