第24話 ギルドの掲示板

「——すまないが、二人もこう言っている事だし一度姿を消す? 事はできないか」

「嫌ですが」

「そこをなんとか」

「嫌ですが」

 何度目かの同じやり取りの後、頭を抱えていたディランとアルジャーノンが視線を交わした後、示し合わせたように口を開いた。

「畏み畏みもうす、水を司りし清き守護精霊よ。どうか怒りを鎮め、大海の如く広き御心に人の愚かさを飲み込み、その御身を幽世へ隠したまえ」

「えー、此度は弊社都合によりご期待に添えない結果となり、大変恐縮ではございますが何卒ご了承いただければ幸いです。どうかその身を一度お隠し頂き——」

「なんなんですかもう! 二人揃ってそんなに改めて祈らなくていいです! わかりましたよ。街の間ぐらい隠れてあげます」

 後別に怒ってないですからね、と納得いかない様子だったが、二人の決死の説得によりホーリーは渋々姿を隠した。

「なんだか、とても悪い事をした気分だ……」

「いや、ここまで精霊が命令を聞かないのが本来おかしいんだからな」

「今後主力の精霊が現れたら、常に顕現してもらいましょう。最初の精霊がこの様子なので不安はありますが……」

 ほら着いたぞ、と言ってディランが先に降り、馬宿の店主と手続きを始める。私たちも行きましょう、とアルジャーノンと連れだって降りると番号木札を受け取るディランが振り返った。

「何を買ってもいいが、領収書は絶対貰って来いよ。巫女にまとめて請求するんだからな」

「わ、わかった」

 行先に希望はあるか、と聞かれたので、なら一度ホエル亭に寄ってみようと提案した。

「なんだいこれ、小麦粉から調味料まで……引っ越しでもしたのかい」

「まあそんなもんだ」

「適当な事言うんじゃないよ。うちは旅人専門なんだ。ここまで家庭向けの在庫はないから、卸売りの方に行きな。それにこの量なら、小麦は粉屋から直接買った方が安いよ」

 ディランが渡した紙を一瞥して突き返すと、ホエル亭店主は手をひらひらとさせた。

 じゃあ移動するぞ、とディランが言い、私は店主に一礼して彼の後に続こうとしたのだが、ちょっとお待ちと引き留められる。

「それにしても、ディランがほんとに坊ちゃんの面倒見るとはねぇ。不愛想だから大変だろう? ああ見えてあれは案外世話焼きなところあるから、気にしなくても……」

「は、はあ……」

「確かに言われてみると、言動の割には手厚いもてなしを受けている気がしますね」

「うるさいな。緊急事態による一時預かりってだけだよ。期間満了で元の所に返す」

「返されても困るのだが」

「というか、何か増えてないかい?」

 店主がアルジャーノンを指して言うので、こいつの従者だとディランが告げる。

「あらやっぱり! お付きがいるなんて、あんたいったいどこの貴族の坊ちゃんなの⁉ ……やだわ、後でアタシの発言が問題になったりしないかしら」

「あーその……」

「諸事情あり、お忍びの旅でして」

 あらそうなの、とアルジャーノンの適当な返事を真に受ける店主に愛想笑いをしていると、気にするなと言いながらディランが背を押してきた。

 足早に三人で店を出て、賑わう街の中を歩き出す。

「必要物資は大量にあるんだから、いちいち長居してる暇はないぞ。仕入れた後、寄る場所もあるんだ」

「どこへ行くんだ?」

「手紙の差出人——墓守の所だよ。墓荒らしの調査に行かないと。だがその前に、他にも行かなきゃならん場所がある」


 その後、本当にあちこちの店を回って、食料を大量に購入した。流石に歩き疲れ、今はギルド内の酒場で小休止している最中だ。店側が馬宿の幌馬車まで買った荷を運んでくれるので注文は窓口でいいのだが、なんだか領収書をくださいとひたすら言っていた気がする。

 うちの食糧庫がこんなに潤う日が来るとはな、と向かいに座るディランが感想を述べつつ領収書を束ねていた。

「後はここで求人票の貼り付けをして……」

「ちょっと待ってください。まさかあの怪しい求人票ですか?」

「怪しいとは失礼だな合理的と言え」

 懐に領収書を仕舞った後そこから求人票を取り出し、筒状に丸めるとディランは眉を顰めるアルジャーノンに向かって続けた。

「人狼会のように、本音は同族のみを採用したい会社もあるくらいだ。求人票に狙い通りの人物が来るようにする誘因魔法は法で禁止されていない」

「でもグレーゾーンですよね? ようやく魅了付与が規制されたところなのに、何当然のような顔をしているんですか? 労基に訴えますよ?」

「いちいちうるさいな……お前らはちょっとマルコの相手しててくれ。今からする事はあいつにばれるとまずいんだ」

「あっ、そんな勝手に……!」

 そう言って席を立ち、壁一面を埋める程の掲示板へ歩いていくディランと反対に、マルコがカウンターから複数のジョッキを持ってこちらに向かってきた。

「おう、昨日ぶりだなレオン。寝るとこが見つかったようで良かったよ。結局ディランのとこで世話になってんのか? 一応酒場の宿は片付けてあるから、使いたくなったら今後も利用してい……あんた誰だ」

「アルジャーノンと申します。レオン様の従者です」

「やっぱどっかのお貴族様なんじゃねぇか! ……おい、俺の今までの発言は知らなかったことにしてくれよ宿もこんな汚くて臭くてうるせぇ部屋で申し訳ねぇんで無料でいいです」

「自分の宿をそこまで卑下しなくとも……」

「良かったですねレオン様」

「そんで、これはうちからのサービスですへへっ」

 テーブルに置かれたオレンジジュース等の水面の揺れが収まるより早くカウンターから戻ってきたマルコから、ミックスナッツを乗せた木皿を差し出される。

 アルジャーノンが一瞬目を輝かせてから咳ばらいをして、威厳を保とうとするのに失敗しながら頬張り始めた。

「むむ……やはりクルミは至高の木の実……しかし、アーモンドやカシューナッツの味わいもまた捨てがたく、そこに混ざるピスタチオの独特な風味が……」

「あ、アルジャーノン?」

「パンはこちらに、ベーコンは今分厚いのを焼きますから少々お待ちを。卵もつけますぜ」

「ちょっと待ってくれ、そこまでしてもらわなくてもいい……! それに、代金は支払うから……」

「いいじゃねーか。向こうがサービスだって言うんだから」

 いつの間にか背後に戻ってきていたディランに驚いて振り向くと、様々な依頼が貼り付けられている掲示板の端っこに、しっかり例の求人票が張り出してある。

「お、おい、あれはまずいんじゃないのか?」

「マルコにも見えない求人票だ。安心しろ。貼りだすところを見られるのが流石にまずいってだけだ。誤魔化しがきかないからな」

「何をどう安心しろと言うんだ」

 小声で言い合う最中、ディランは悠々と椅子に腰かけグラスの水を飲んでいる。

「マルコ、用意するのはこいつらの飯だけでいいからな」

「わかってるよ……へへっ、どうぞお召し上がりくだせぇ」

 テーブルにスキレットが置かれ、分厚いベーコンと目玉焼きが音を立てている。チーズもございますよ、と温かいとろとろのチーズが乗った木皿を渡されたアルジャーノンは喜色満面と言った様子でパンにかけ始める。

「ゆ、夢のようです……美味しゅうございます……」

「それを食ったら本屋に行くぞ。色々調べる必要があるんだろう? 知りたい事や困り事はそこの店主に聞け」

「なるほど。例えば今後、このような食事をレオン様に用意する必要がありますね。魚は良質なたんぱく質ですが、三食毎回バランス良く、栄養の取れたものを提供しなければなりません。料理本など売っていないでしょうか……」

「……で、それを、採用が決まるまでこの俺にやれって?」

 グラスをテーブルに置いて足を組んだまま、ディランは険のある言葉とは裏腹に美しい微笑を浮かべた。正直、その背後から大変恐ろしい重圧を感じる。

「ちなみに、お前らは先日から当然のように人の労働時間を拘束し続けているわけだが、今この間にも俺の予定が後押しされていて迷惑な事この上ないんだ。要求には気をつけろよ」

「では持ち帰り、再検討します」

「そう言われると申し訳なくなってきた」

「そういう奴は検討する気が無いし、本当に申し訳ないと思う奴は呑気にチーズを塗らねぇんだよ」

 パンから溢れんばかりのチーズに、慌てて息を吹きかける。ふと顔を上げると、向かいの窓際の小さな丸テーブルで一人昼食をとっていた優雅な夫人が、不思議そうな顔をして掲示板を見つめていた。

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