第2話 意思疎通


俺、伏木乃ふしきの 有司ゆうじは自分でいうのもなんだが、かなりのお節介焼きだ。それはいつの頃だったのか、どうしてそうなったのか今では覚えていない。けれど、俺は困っている人をみるとどうしても放ってはおけない性分なのだ。


だが、それは決して感謝されたいからではない。自分がしたいからしているに他ならず、いわば自己満足の範疇なのだ。そんなもんだから、たまに余計な事をするなと怒りを買うこともあるし、お前がする必要はないと忠告されたこともある。


『度が過ぎる親切はお前の自由を奪うぞ』


それはいつだったか姉に言われた言葉だ。それを実感したのはコンビニ前にたむろしていた不良を注意した中学2年の頃。逆上した彼らに殴りかかられ、しかし運動神経の良かった俺はあっさりそれを返り討ちにすることができた。普段そのコンビニを利用していたお客さんや店員さんに感謝され、お礼の言葉を貰った。


しかしその数日後、再び不良らがたむろしていた。こんどは前の時よりも人数が多く、集会かなにかしているのかというレベルだった。


彼らの狙いは勿論俺だった。メンツを潰された仕返しに来たのだ。だからまた潰した。来るたびに、増えるたびに全て潰してきた。


そうしていく内に俺は町中を歩くだけで絡まれるようになり、遊びはおろか買い物すら行けなくなってしまった。おそらく彼らの界隈で噂になっていたのだろう。腕試し、復讐、敵討ち……色々な因縁をつけられ相手していたが、中3になる頃には辟易としていた。だれかのための喧嘩なら買うが、意味のない喧嘩は疲れるだけだった。


『度が過ぎる親切はお前の自由を奪うぞ』


姉の言う通りだった。自由が無くなってしまった。家を出て外を歩けば高確率で喧嘩をふっかけられる。そんな生活に疲れ始めていたとき、親友がこういった。


『なら別人になればいい。僕と一緒に……お前も女子にならないか?』


そうして俺は女装をし始めたのだ――。



「……あの……?」


俯き無言のままの俺を心配したのか、雪姫が顔を覗き込んできた。長い睫毛、艶のある花唇、日本人とは思えない顔のパーツの作り。そりゃロシア人の血を引いているから当然といえば当然なんだろう。くそ、どんな不良にもビビらなかったこの俺が……まさかクラスの女子に気圧されるとは。戦闘力いくつだよ、こいつ。


「あ、ごめんなさい。ちょっと暑くて、はは」


ぶっちゃけ俺は暑さにも寒さにもバカ強かったりする。それなのに何を言ってるんだと自分でも思うが、ここは適当に誤魔化しておこう。てか、顔近えよ……うわぁ、綺麗な眼してんなぁ。瞳とか硝子みてえ……くそ。


顔を背け俺は彼女と一歩分の距離をとる。決して逃げたわけでも俺より可愛いと認めたわけでもない。ほら、だって一応クラスメイトだから。

いくら女装して別人になっていても、万一俺が男だとバレればせっかく手にした自由が再び無くなってしまう。それは絶対に避けたい。


(……まあ、雪姫が俺なんかの顔を覚えているわけないから、そういう意味でも大丈夫だとは思うが。つーか、そもそも人に興味なさそうだけど)


「私、雪姫といいます」


涙は止まり恐怖心も落ち着いたのか、再び表情の色が消えた顔で彼女は名乗った。よくよくみるとこいつの眼……ツリ目っていうかジト目の分類か。いやマジで可愛……ぶね。


「あ、私はアリスっていいます」


名乗られたのならこちらも名乗らねば無作法というもの。しかし出した名前に少し焦った。アリスと言うのは女装時に使っている名前であり、女装男子としてのSNS等にも使用している。だから検索されればバレる可能性があるのだが……や、それは自意識過剰か。

この姿で彼女に会うのはこれが最後だろうし、途方もない数のユーザーがいるSNSで俺を見つけそこからクラスメイトだと割り出すことなんて万に一つもないだろう。


「……アリス、さん……」


なにを考えているのかわからないポーカーフェイス。俺の名前をつぶやき無言になる。そしていつもの圧を放ち始めた。礼を言ったのでさっさと去れということか?まあできるだけ早く別れたいので好都合だが。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただいて。


「えっと、それじゃ私この辺で」

「あの」

「はい?」


それから5分くらい経過した。


「……」

「……」


「……えっと、なにか?」


どんどん増していく彼女からの圧力。眼力も強まっていてわずかに眉間にしわが寄り始めていた。いやなんなん!?なんで俺ずっと睨まれてんの!?


「それ」

「?」


雪姫の指差した先。そこには俺が手にもつ水筒があった。そう、ナンパ男を撃退するため握りつぶした果肉入りの林檎ジュースが入ったやつだ。


「これが……?」


「それ飲んでいいですか」


「飲む!?」


……は?え?聞き違えたか?いま、飲むって言ったの?俺の手で搾ったこの林檎ジュースを?

いやまて、冷静になれ俺。んなわけねーだろ。


俺は思わず雪姫を凝視してしまう。すると彼女はそんな俺の目を真っ直ぐに見据えて、


「間違えました」

「……あ、ですよね。はは」


「その林檎ジュース買います。おいくらですか」


買う!?ってことは飲むの、やっぱり!?


「や、買うって……こんなの渡せませんよ」

「でも、私のせいで林檎が」

「……!」


そこで気がついた。そうか、これはダメになった林檎を弁償しようとしてくれているのか。けっこう遠回しな言い方でわかりづらかったけど。

依然、無表情のままジッと俺の顔をみている。心内の読めない顔をしていて、普段なにも言わなくて恐れられているが、こんな風に気を遣える奴なんだな。雪姫って。……まあだからといってその提案には乗れないけども。


「この林檎なら気にしなくて大丈夫ですよ。あれは私が勝手にやったことなので。自分で飲みますから、大丈夫」

「けど、でも……」


俯いてしまう雪姫。無言の間が再び始まった。「じゃ」と言ってさっさと立ち去ってしまいたいがこのまま放置するのも気が引ける。またあいつらがこないとも限らないし。


その時、ふとあることに気がついた。雪姫の視線がせわしなく動いている。それに注意深くみてみると肩がわすまかに揺れているし、呼吸もあらくなっているのがわかった。


(そりゃそうか……)


一見落ち着いたかのように見えるが、ついさっき危ない目にあったばかりだ。怖いに決まっている。


「あの雪姫さん」

「はい」

「私、お家まで送りましょうか」

「え……」


彼女は顔をあげる。その目には光が宿っているような気がした。あ、可愛……あああ、危ねえ!


「あ、もしかしてこれからどこか行く予定でしたか?ならそこまで送りますよ」


雪姫が二度瞬きをした。こうしてみると無表情にみえる彼女も僅かにだが、感情の色が端々に見えるんだな。今までまともに顔をみたこと無かったから気がつかなかった。


視線の動き、瞳の色。困った時には僅かに唇がきつく結ばれる。体の動きでもわかる。ほんの少し前のめりになって猫背気味になる。


(……ま、勝手な予想だけど)


「私、お節介焼きなんです。ご一緒させてください、雪姫さん」


そう、これは俺の性分。だからしたいようにする。それで本当に嫌で迷惑であれば断ってくるはず。さっきのナンパでも逃げようとはできたんだ。なら、さっきのように俺の横を通りどこかへ行くはず。


「……」


雪姫さんは頭をさげ、俺の横を通っていく。


足早に、跳ねるような勢いで。


なんの躊躇いもなくノータイムで。


爆速で逃げて行った……。


林檎の件が一応片付いたからか。


……しかし、そうか……なるほど。


や、べつに悲しくねえし。


恥ずかしくねえから。


迷惑かもしれないって思ってたし。


ドヤ顔でキメてスルーされたけど、べつに恥ずかしくないんだから!


雪姫が無視するなんてウチのクラスの全員が経験してるし!


いやあ……しかしさすがは冷血の雪姫様。その御心は誰にもわからないといったところか。覚悟はしていたけど危なく心が凍てつきそうになったわ。



「あっち」


ふと、背後から声がし、振り返るとそこには居なくなったと思った雪姫がたっていた。そして向こうの方を指差し、いつもの無表情で俺をみている。


「……私の家、あっちです」



雪姫さんのお家はあっちのようです。いやいや可愛いかょ……っと、あっぶねぇ。



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