第2話 カヨワス・カヨワサ

「だから!先にドリンクとお通し持って行ったら少しの間それで間を持たせるじゃん。」

「いや、先にテーブル片付けてその間に案内してからでもそんなにタイムラグ変わらないじゃないですか!?」

「見解の相違だな。」

「えぇ、全くだわ。」アメリカ人の様に両手を上に上げる。


いつものバイト先の居酒屋で、それでもあの日から私達の関係は明らかに変わった。

店長も常連さんも最初はこの掛け合いを心配そうに見ていたけれど、最近は楽しんで見守ってくれている。

「はいはい、彩月ちゃんはテーブル片付けてご案内、神楽はファーストドリンク提供ね。」

「「店長は?」」

「タバコ休憩、彩月ちゃん後で珈琲よろしく。」

「俺は?」

「あんたはその後、1人でお客様のお相手。」


店の横にある自販機でこの寒いのにアイスの無糖コーヒーを買い、裏手のバックヤードでビールケースを椅子にしている咥えタバコの店長に手渡す。

「ありがとう。」

口髭でオールバック、更に恰幅が良いのに人懐っこい店長が笑顔で受けとる。

「良いんですか?」

「ん?」

「結構お客さん入ってきましたし、戻った方が…」

「大丈夫、ほとんどのお客様はもうオーダー終わったし、ファーストドリンクのお客様と今ご案内した方も常連さんで神楽1人で回せるから。」

そういうと、プルタブを開けて口を湿らす。

「彩月ちゃん、本当にありがとう。」

そういって椅子に座ったままだが、深々と頭を下げる店長。

そんなにされる程の事はしていないけど、と思っていると「神楽と仲良くしてくれて。」


後々話を聞くと、店長と神楽さんは叔父と甥の関係らしく、所謂某国民的アニメの高知産が有名な赤身の魚と、鍋にすると美味しい白身の魚の間柄の様だ。


「私の姉とね、あんまり仲良くなくて、過干渉というか…良くあるじゃない?子供を親の望むように育てたい人って。」

曰く、良い大学に行って良い会社に入って、お金を稼ぎなさい。だいぶマイルドな表現だが実際はもっともっと、それこそ修復不可能な所まで、口を出し続けてきた結果、店長の所に行くのを条件に実家を出てきたらしい。


「まぁ、そういう訳でね。怒られないように人の顔色見て生きるようになっちゃって、だからこそ最近のあの子を見てると嬉しくて。」

根本まで吸いきったタバコのフィルターだけを灰皿に捨てて立ち上がり、しっかりとこちらを見て店長が頭を下げる。

「改めて、あの子の傍にいてくれてありがとう。」



閉店後、人通りが少なくなった商店街を駅に向かって並んで帰る。

「明日は何時起きなの?」と黒の革ジャンのポケットに手を突っ込みながら聞いてくる。

「明日は一限からだから7時半起きなのよね、神楽さんは?」こちらは白いニットの手袋なのでチェックのPコートのポケットに手を入れず返してみた。


「明日はお店は仕込みで15時に出勤で、他のバイトは休みだからちょっとゆっくり出来るし目覚ましかけずに寝ようかなって思ってる。」神楽さんは1人で生活するために午前中はオフィスビルの清掃の仕事をしている。

29歳でバイク通勤をしていて、私の家から徒歩5分の所に住んでいて、『神楽』が苗字ではなくて名前だったのも、最寄り駅が同じなのも最近知った事だ。


あの雪の日、お互いその前の出来事により幾分感情的でか弱い状態だったと思う。

普段は言わないことをぶつけて、罵って、小馬鹿にして、最後は笑いあって。

心を通わせて、仲良くなれた気がする。


駅に着いて、いつものように『それじゃあ、また』と言おうとしたら何か言いたそうな顔の彼。

「ヘルメット買ったんだよね。」

「はい?」

「後ろ乗らない?送っていくよ。」


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