ダブルシャドウと安心毛布

第1話 煙の先に舞う景色

誰しも『苦手な人』というものはいると思う。

寧ろ、「いや~、自分は全ての人間と仲良くなれますよ!」と宣う人間がいるならば少なくとも私とは相容れないと思ってしまう。

流石にそこまでいくと極端な話だと思うけれど、何故こんな話が頭に浮かぶのかと問われたら正に今、件の人間が私の身近な人だからに他ならない。


「いらっしゃいませ、2名様ですか?ご案内致しますね。」

週末の居酒屋は目が回るほど忙しい。

特にチェーン店でもない個人経営のお店ならマニュアルがある訳でもないし尚更だ。

「彩月ちゃん、これ2番テーブルね!」渡されたポテトフライを受け取りながら返事をして、提供していく。

たまに酔っ払ったお客様に絡まれる以外は特に不満のない仕事だ。

同じ職場に彼が居なければ、だけれども。


神楽さん、下の名前は名札には書いてないし聞く機会がないから結局働き始めて半年経っても知らないまま今に至っている。

年齢、趣味に何処に住んでるのか、自分の事を話さない人なので、その辺りは定かではない。


ほぼ、満席の店内でどの席もあらかた料理が出終わった為、手が空いた私達二人が洗い物に入る。

「そういえば、この前」

「うん。」

「友達と話してたら、昔の音楽って凄く良くない?って話になったんですよ。」

「へぇ~例えば?」

「フジファブリックの『赤黄色の金木犀』とかDef Techの『high on life』、後はACIDMANの『今、透明か』。」

「あぁ、あの辺りの曲は良いよね。」

「神楽さんは好きな曲とかあるんですか?」

「そうだね~…なんでも聴くからなぁ。そういえば、ACIDMANなら『バックグラウンド』はオススメだよ。」


と、こんな具合に相手が言った言葉の中で会話を進めるので神楽さん自身の事が分からなくて、それが苦手な原因なのかもしれない。

人当たりも悪くなく、声を荒げる事もない。

仕事中は至極真面目で、感情ではなく論理的に説明する辺りも仕事をする上でとても感謝してるけれども、壁を作られてる気がするからなのか。

当の本人もあまり表情を出さないから何考えてるか分からないし。


終電の一時間前に営業が終わり、片付けは店長と神楽さんがいつもするので一足先に上がらせてもらう。


この街は冬になってもほとんど雪が積もらない。

その代わり、風が突き刺す様に痛く、昔旅行に行った北陸より気温は向こうの方が低いのに、とてつもなく寒く感じる。

だから、緑の看板のコーヒーショップを見つけると小走りになってしまう。

先に待っていた彼を見つけ軽く手を振りながらレジで抹茶ラテを受け取り向かいの席に座る。

週に二度、休み明けの月曜日と休み前の金曜日の仕事終わりはここで彼と逢うのがルーティーンになっている。

明日から2連休なので何処に行こうかと話そうとした矢先、神妙な顔をした彼が口を開いた。



「なぁにが『君には俺はもったいない』よ!遂先週までヤることやってた奴の台詞かっつーの!」むしゃくしゃして何度目か分からないが特に大事なものが入ってないカバンを歩道にあるポールにぶつける。

「どうせ、新しい女が出来た癖に!そうさっさと言えば良いのに!」高校2年生の時に付き合ったけど、お互い違う進路に進んで、それでもこうして週に2回は仕事終わりに逢ってたのに。

終電はとっくになくなっていたけど、彼に送られるのも尺だったから2駅ほどの道のりを覚悟して歩いているけれど、冷えた空気が沸々とマグマのように湧き上がってくる怒りを静める事は出来ない。

それでもゆっくりと歩く速度が遅くなっていく。


見ないふりをしていたけど、趣味の変わった服装は他の理由があると思っていたのに。

人懐っこそうに笑う顔、ゴツゴツした手、運転中の真剣な眼差し。

そう思い出を振り返ってしまうと怒りの感情の中に少しずつ悲しみが増えていって、瞳から一滴溢れた辺りで嗚咽を抑える事が出来なくなってしゃがみこむ。

「なんでよぉ…ずっと傍にいるって言ったじゃない、嘘つき…」


深夜2時を回ってー30分ほど同じ姿勢でいたらしいーようやくノロノロと立ち上がって帰り道に向かう。

いくら雪が降らないとはいえ、この時間は芯から冷える。しかも、長い時間同じ場所にいたならなおさらだ。


時折、ビュウビュウと耳が痛くなるほど風が強くなり、3分ほど歩いた辺りで煌々と光る青い看板、牛乳マークのコンビニが見えたので温かい飲み物を買いに店内に入る。

特に買う気もないのに御菓子やパンのコーナーを冷やかし、体内温度を上げていく。

たっぷり数分店内を彷徨き、ホットココアを買って外に出る。

風を避けるように建物の裏手、隅っこに行き、ペットボトルを両手で包み込んで暖を取る。


鼻をすすり、ペットボトルの蓋を開けた辺りで、ふいに何処からか声が聞こえた。

『だから!もう俺の事は……欲しい』

怒りを抑えてるような、それでいてピシャリと叩きつけるような声。

『あんたはいつだってそうだ…それで…ただ…やがる!』

建物の端から顔を出し、声のする方に顔を向ける。

灰皿が置いてる辺りに1人の長身の男性が片手にスマホ、もう片方に火がついたタバコを持ち険しい顔を一度も緩めずにいる。


『こんな時間?こんな時間にかけてきたのはそっちだろうが。』

最初は分からなかった。

『当たり前だ、身内のスマホまで使いやがってそれで戻って来いだ?』

普段と表情が違いすぎて別人かと思う程に。

『もう、話すことなんてない。』

相手の返事も待たずにスマホを耳から離し操作する。


神楽さんだ。


目の端に動く人影が見えたからか、こちらに顔を向ける。

びっくりした顔の後、たっぷり数秒お互い見つめあって、これもまた見たことのない疲れた笑顔でフフッと笑い神楽さんが声をかける。


いつの間にか細雪が私達の回りに降り始めていた。


「ひでぇ顔」

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