程々の加減

ぞーすい

第1話

 『期待』。

それほど無責任な感情はこの世に存在しないだろう。

思うことは勝手だ。

だがその勝手は必ず誰かを苦しめることになる。

私もその被害者だ。

母は有名な女優。

父は国会議員。

その二人の間に産まれた私は,多くの人から期待の眼差しを向けられてきた。


「将来が楽しみですね。」


「今後の活躍に期待しています。」


そんな言葉は嫌悪感がする程聞いてきた。


「(期待…嫉妬…期待…嫉妬…期待…嫉妬。)」


もううんざりだ。

でもそう思うことも,他人の視線を気にして生きることもしなくて良くなる。

私は死ぬのだ。

私は学校の屋上へと続く階段を登る。

今日は2月14日。

私の誕生日だ。

今日を選んだ理由は特にない。

強いていうならキリがいいことぐらいだ。

私はフェンスに足をかける。

下を見下ろすと今までの思い出がフラッシュバックする。


「(気持ち悪い。)」


こんな時に限って,私の体も理不尽に私を苦しめる。

だから私は自分を好きになれない。

今はただ…


「やっと呪縛から解き放たれた。」


この解放感を味わいたいだけなのに。


グチャ



死んだ。

それもそうだ。

あの高さから落ちたなら即死は免れない。


「(死後の世界…。)」


天国や地獄なんてない。

無の世界だ。

目は開くし,喋ることもできる。

潰れたはずの体の感覚もある。

ただ産まれたままの状態で謎の空間を進んでいるだけだ。

試しに壁を突いてみる。

私の触れたところから波紋が広がる。

それだけだ。

退屈ではあるが,嫌いではない。

今まで感じてきた圧迫感がない。

十分だ。

安心したのか,私はすぐ眠りにつくことができた。







…ーん。」



ん?



獅宮しのみやれいさーん。」



誰かが私を呼んでいる。


「(うるさい…。)」


気持ちよく眠っていたのに。

一言文句を言ってやろうと目を開く。


「なにここ。」


しかし,私の視界は先ほどまでとは違う世界に奪われた。


世界の端まで見える。

そんな感覚に陥るほど広大な大地。

色褪せることを知らない大空。

その新緑と碧天に挟まれる大地の隆起からは清水が湧き,滝を創り出している。

生い茂る植物は見たことない物ばかりだ。

鮮やかな黄色の果実。

岩肌に張り付いた赤色の花。

20cmを裕に超える大きさの花。


「綺麗…。」


思わずそう口にしてしまう。

この時,私は直感で『私は生まれ変わった』のだと感じた。


ふと音がして,後ろを振り向く。


「起きましたか,獅宮黎さん。」


膝あたりまで伸びた白銀の髪。

光を受けて少し輝くまつ毛。

スラリとした鼻筋。

ぷっくりとした健康的な唇。

そこには私よりも二回り小さい美少女がいた。 

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