第11話 彼女と体育

 ストーカー事件の翌日。

 つきまとうような視線はなくなった。

 いつも通り学校に通うと、夏音ちゃんが心配そうに駆け寄ってくる。

「大丈夫?」

「うん。たぶん」

 警戒心の強くなった私を見る視線はない。

 今のところ。

 諦めたのか、目的を達したのかは分からない。

「ちょっと顔色悪いね。保健室行く?」

「大丈夫。昨日予習できなかつまたから、今する」

「……そっか」

 芯の灯った私を受け入れる夏音ちゃん。

 私は頑固なのかもしれない。

 もどかしい気持ちを感じつつ、私は勉強道具を広げる。

 そろそろ冬休みだ。

 この冬で大学の問題集をクリアするかな。

 目指せ、都立大学!

 張り切って勉強を解いていく。

 休み時間を勉強に使う私を見て、陰口を叩く声が聴こえる。

 でもかまわない。

 私は私の夢のために頑張るのだから。

 ホームルームが始まり、担任の先生が入ってくる。

「お前ら、青春しているか?」

 先生がにこやかに話す。

「最近、他校てまストーカー被害に遭ったという報告を受けた。帰るときはできるだけ二人以上で行動するように。何か気がついたらすぐに相談するように」

 長々と語りだす先生。

 帰り二人以上か。

 夏音ちゃんと一緒かな。

 そちらに視線を向けると小さく手を振る彼女。

 あれ、私の彼女なの。

 可愛いよね。

 手を振り返す。

 ホームルームが終わると、私は次の授業の準備を始める。

「英語かー」

 私は遠い目をする。

 実は英語だけはとても苦手なのだ。

「どうしたの? ため息吐いて」

 我知らずため息を吐いていたらしい。

「なんでもない」

「そう。なにかあったら言ってね」

 顔を近づける。

「あのこと、相談しないの?」

「心証を悪くしたくないからね」

「でも……。うん。今日は一緒に帰ろう?」

「それは私からもお願い」

「俺も一緒に帰っていいか?」

 幽王くんが割って入る。

「……ええっと」

 困惑する私。

 莉子さんからの視線が痛い。

 できれば離れたいけど。

「なんだ。そこの三人は一緒に帰るのか」

 忘れ物を取りに来た先生がそう声をかける。

「はい。何かあったら俺が守りますよ」

「頼もしいじゃないか、頑張れよ」

「ちょっと話進めないでくれる?」

「大丈夫だ。俺こう見えて柔道やっているんだ」

「すごいね。ボディガードだ」

 色のない声で肯定する夏音ちゃん。

「ああ。大丈夫だ。どーんと任せておけ」

 なんだか嫌な予感がするんだよね。


 お昼休みに入り私は屋上に向かう。

 夏音ちゃんと二人きりになれるのがとても嬉しい。

 冬場の屋上は寒いのであまり人はこない。

 ブランケットと毛布で暖を取りながら、弁当箱を開ける。

 卵焼きに、唐揚げ、あさつきの酢味噌あえ、ミニトマト。

「わぁあ。おいしいそう」

「……食べる?」

 私は箸で唐揚げをとり差し出す。

 いわゆるあ~んだ。

「いいの?」

「夏音ちゃんだけだよ」

 私はそう言うと、恥じらいを覚える。

「じゃあ、いただきます」

 夏音ちゃんの顔が近づく。

 パクっと食べると幸せそうな顔をする。

「うん。おいしい……!」

「良かった」

 ゴソゴソと箸で何かをつまむ夏音ちゃん。

 生姜焼きだ。

「はい。お礼」

「いらないよ」

「おかず少ないとお米すすまないよ?」

「うぅ」

 言われるとその通りかもしれない。

 戸惑う私に箸を伸ばす夏音ちゃん。

「あ~ん」

「分かった」

 私は口を開けて食べる。

 生姜の味と香り、甘じょっぱい味が口に広がる。

「うん。うまいわ」

「また交換っこしようね」

「……うん」

 食べ終わったら、夏音ちゃんがギュッと抱きついてくる。

「えへへへ。二人の時間だ」

「そうだね」

 私は苦笑し、彼女の頭を撫でる。

「ん。好き」

 その言葉にドキッと心臓が跳ねる。

「キス、して……いい?」

 絞り出すように呟く。

 顔が近づき唇が触れ合う。

 求めるように、受け入れるように、脆い場所へ踏み込んでいく。

 幸せだ。


 お昼休みが終わり、私たちは教室に戻る。

 席に着くと、予習を始める。

 いつも通りだ。

 ただ煩わしい噂話は減った。

 それは良かった。

 授業が始まり、外を見ながら話を聞く。

 軽くノートに書き写すと、ペン回しをする。

 楽勝な授業を終えてすぐに体育の授業になる。

 女子は更衣室で体操着に着替えるのだが、夏音ちゃんのスタイルが露見することとなる。

「夏音ちゃんすごいね」

「ホント、どうしたらそうなれるのさ?」

「ふふーん。その秘訣は筋トレだよ」

「筋トレしたら、胸の脂肪がとられたんだよね」

 苦笑するモブ子さん。

「筋トレは箇所によって違うんだ。ここを鍛えると胸は育つよ」

 夏音ちゃんが他の女の子に触れている。

 胸の辺りに冷たいものがさしこまれたような感覚。

 私の知らない夏音ちゃんだ。

 それが少し不安にさせる。

 遠くに行ってしまったような気がする。

 私、嫉妬しているんだ。

 そのことに気がつくと、私は彼女から離れる。

「えへへへ。そうかな?」

 笑う彼女。

 私は一人着替える。

 夏音ちゃんは他の子と夢中になって話している。

 これ浮気じゃない?

 一応、私の恋人なんだけど。

 言いたくなる言葉をぐっと飲み込む。

 着替え終わると体育館に向かう。

「待ってよ、雪菜ちゃん」

 後ろから甘えた声が聞こえてくる。

 幻聴かもしれない。

「わたし、怒らせることした?」

 隣にくる夏音ちゃん。

「……別に」

 男の子には興味ない。

 言い換えてしまえば女子には興味あるってこと。

 魅力的な女子なんていっぱいいる。

「やっぱり怒っているじゃない」

 私は歩く速度を上げる。

 それでも並走してくる。

「なんでよ?」

「鬱陶しい。一人してよ」

「させないよ。わたしはわたしが決めた通りにするから」

「ワガママだね」

「それほどでも」

「褒めていない」

 私は渾身のデコピンをする。

「いったぁあい!」

 そこまでじゃないでしょ。

 呆れて苦笑する。

「雪菜ちゃんは笑っている方がかわいいよ」

「知らないってば」

 照れくさくなり、怒ったような態度になってしまう。

 体育館に着くと先生が準備体操を呼びかける。

 ペアになる相手なんて、

「ペアになろ? 雪菜ちゃん」

 いる。

 私の彼女だ。

「ありがとう」

「いいって」

 夏音ちゃんと一緒に準備体操をする。

「ふんぬ!」

 力をいれて押してあげる。

「痛い! 痛いって!」

 夏音ちゃんの悲鳴が聞こえ、力を弱める。

「冷徹女、体力もバケモノなんだ」

 陰湿なモブキャラが陰口を叩く。

 でも聞こえているよ。

 本当つまらない人間ばかり。

 嫌になる。

 しばらく準備運動をし、バスケの試合が始まる。

 私とモブファイブ。

 相手は夏音ちゃんと莉子さん、雫さん、それにモブ子だ。

 雑な紹介になるのは、私が人の顔を覚えられないところにある。

 試合が始まる。

 莉子さんがボールを手にする。

 私はモブをガードする。

 と、莉子さんはパスを繰り出すように見せ、私を狙ってきた。

 片手で受け止まると私は怒鳴る。

「どういうつもり!!」

「普通にパスしただけど?」

 ニマニマと笑みを浮かべる莉子。

 こんなやつさん付けなんてもったいない。

 先生も見ていなかったらしい。

 やることがせこい。

 私は普通にバスケをする。

 が、足を引っ掛けられたり、ボールが直撃したりした。

「いいざまね」

 莉子は薄笑いを浮かべている。

 運がいいのか、私は体力がある。

 そうそう屈したりはしない。

「ほら土下座でもしないと、続くよ?」

「反吐が出る」

 モブキャラは全員グルだ。

「こんなのひどいよ!」

 割って入ったのは夏音ちゃんだった。

「ばか!」

「あー、そうだね。愛する人が傷ついたら痛いよね?」

「何をする気?」

 夏音ちゃんの腹を思い切り蹴る莉子。

 小さい悲鳴を上げる夏音ちゃん。

「やめろ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る