第十一話 尾行

俊弥に言われて事務所を出た俺は、佐藤の行動を監視するためにバイクで大島建設へと向かった。


引き受けて来たものの、佐藤とは面識がある以上、普段以上に慎重に行動する必要がある。


顔が割れていない俊弥が行動を監視する方がはるかに安全だったような気がする。


とはいえ、来てしまった以上、やるしかないわけだが、彼がそんなにすぐに重行さんと接触するとはあまり考えられない。

数日間は張り付く必要がありそうだ。


そう思っていたら、夕方になって、佐藤が会社から出てきた。

退社時間にはまだ早いように思える。


佐藤は会社から出ると、すぐにタクシーをつかまえて乗り込んだ。


俺もすぐにバイクのエンジンを始動させる。

顔を隠すためにフルフェイスヘルメットをかぶったままでバイクにまたがっていて良かった。


少し離れた位置で、佐藤の乗ったタクシーを尾行する。


やがてタクシーは市街地をはずれ、ダム湖の方へと向かっていく。


もしかして、重行さんに会いに行くのではないだろうか。


そんな期待をしつつ、バレないように距離を取りながらタクシーを追う。


しかし、タクシーは先日俺と俊弥がバイクを止めたプレハブ小屋に一番近い山道付近を通り過ぎた。


重行さんとは関係なかったのかもしれない。

だとすれば、佐藤はどこへ向かっているのか?


山道を抜けた反対側の市街地に用事があるのだろうか。


そんなことを考えながら尾行を続けていると、佐藤を乗せたタクシーが途中で止まった。

タクシーから佐藤が降りるのが確認できた。


距離があったとはいえ、ここでバイクを止めると不審がられてしまう。

俺はタクシーの横を通り過ぎて、そのまま山道を先まで進んだ。

バックミラーで佐藤の様子を確認すると、山道から下に降りる階段が見えた。

佐藤はその階段を降りていた。


ある程度通り過ぎた後、俺はバイクを止めた。

タンクバッグの中から双眼鏡を取り出し、佐藤の様子を観察する。


階段の先を見ると小さな道のようなものがあり、その道が湖へと続いていた。

その道の先の湖面にはコンクリートでできた桟橋があり、数艘の手漕ぎボートが係留されていた。


なるほど、重行さんはここからボートであのプレハブ小屋へ行ったのかもしれない。


佐藤は小道を進んで、桟橋に到着すると、係留されていたボートの一艘に乗り込んで、湖へと漕いで出た。


ボートが進んでいる方向には、あのプレハブ小屋が見えている。

朝あった規制線はすでに解除されている様子。

水死体もすでに回収されていたようで、警察の姿も見当たらない。


ボートはそのままプレハブ小屋近くに上陸し、佐藤がプレハブ小屋に入るのが確認できた。

やはり、佐藤は重行さんの行方を知っていた。

おそらく、重行さんの協力者で間違いないだろう。


ただ、すでにプレハブ小屋に重行さんはいないはず。

佐藤はそのことを知らないのだろうか?

それとも重行さんの痕跡を消すためにプレハブ小屋に向かったのだろうか?

もしかして、重行さんが再びプレハブ小屋に戻っているのだろうか?


いずれにしてもここからでは小屋の中の様子は分からない。


しばらくすると、佐藤がプレハブ小屋から慌てたように出てきた。

そして、周囲を見渡したり、プレハブ小屋の裏に回ったりしている。


行動を見る限りでは、重行さんがいないことを知らなかったようだ。


その後、佐藤はポケットからスマートフォンを取り出し、どこかへ電話している。

しかし、10秒と経たずにスマートフォンでを再びポケットに戻した。

あの短時間では相手との会話も難しそうだ。


となると、おそらく重行さんに電話をかけたのではないだろうか。

しかし、重行さんのスマートフォンは位置情報が発信されていないので、おそらく電源が切られているか、電池が切れている状態。

すぐに留守番電話になったか、電波が届かないというアナウンスが流れたから切ったのかもしれない。


佐藤は再びボートに戻ったかと思うと、ボートを漕いで桟橋へと向かった。


桟橋に到着すると、乗っていたボートを係留して、行くときに通った小道を辿って山道へ戻ってきた。

山道に戻った佐藤は、何やらスマートフォンを操作していた。


少ししてタクシーが一台、反対車線を俺のそばを通過して、佐藤の方へと向かっていった。

そのタクシーが佐藤のそばで停車し、佐藤を乗せて来るときに通った山道を、遡るようにして走っていく。


俺も急いでバイクをUターンさせ、そのタクシーを追いかける。

来た時と同様に、少し離れた位置をキープしつつ尾行する。


タクシーはやがて山道から市街地へ入った。


市街地に入ると、タクシーと俺との間に、数台の車が割り込んできた。

あまり距離が近すぎると、尾行がバレてしまうので、視界を塞ぐのにちょうどいい。


ところが、その数台の車の中に、ナンバーに見覚えのある銀色のセダンタイプの国産車がいた。


それは、俺と俊弥がプレハブ小屋を出た後に尾行してきた不審な車・・・すなわち、馬淵が運転していた車であった。


俺の位置からでは、運転席にいるのが馬淵かどうかまでは判断ができない。


どうやら前回の俺たち同様に、佐藤の乗っているタクシーを尾行しているようだ。


馬淵に指示をしている人物は、よほどプレハブ小屋に近づく人のことが気になるらしい。


なぜ、プレハブ小屋にこだわっているのか?


もしこれが、水死体が上がる前だとすれば、水死体の存在を知られたくない人物が、プレハブ小屋に近づけたくないから監視しているという可能性があった。

しかし、その場合はすでに水死体が上がってしまった以上、プレハブ小屋を監視している必要はもうないはずだ。


今思いつく中で一番可能性が高いのは、重行さんの行方を探しているからということになる。

当然、それ以外の理由もあるとは思うのだが・・・


俊弥のような頭の構造をしていないので、俺には皆目見当がつかない。

とりあえず、起きた事実だけを報告して、考えるのは俊弥に担当してもらおう。


佐藤を乗ったタクシーは結局そのまま大島建設に戻った。

そして、タクシーから降りた佐藤は、会社の中へと戻って行ってしまった。


佐藤を追跡していた銀色のセダンはタクシーとの距離を保ったままの位置でしばらく止まっていたが、佐藤が会社の中に入ると、大島建設の前まで移動して止まった。


銀色のセダンの運転手を確認しに行くべきかを迷った。


もし運転手が馬淵だったら、俺のバイクを見て、前回尾行に失敗したターゲットだと思い出されてしまうかもしれない。

逆に運転手が別人だったら、俺が顔を見ても誰だか分からない可能性が高い。


となると、俺が取るべき行動は一つしかない。

危険を犯して運転手の顔を確認するよりは、銀色のセダンを尾行して、プレハブ小屋を観察している人物が何者かを特定することだ。


一応、重行さんの協力者が佐藤だったと分かった。

そして、現時点では、佐藤もおそらく重行さんの行方を把握していない。


そうなると、重行さんの行方を追っているかもしれない人物が何者なのかを調べる方が、もしかしたら重行さんに早くたどり着けるかもしれない。


そんな考えをめぐらせていると、銀色のセダンが動き始めた。


俺は距離を保ちつつ、ターゲットを変えて再び尾行を開始した。


銀色のセダンは、市街地を抜けることなく走り続け、10分ほど走ったところにあるビルの駐車場へと入って行った。


入っていたビルを確認すると、『地頭じとう土地開発』という看板が掲げてあった。

地頭じとう土地開発』と言えば、大島建設が毎月多額のコンサルティング費を支払っている会社だと俊弥から聞いた。


その会社が、なぜプレハブ小屋を監視しているのか?

やはり、重行さんの行方を探しているのだろうか?

それとも全く別の理由なのだろうか?


いずれにしても、この件は俊弥に伝えておくべきだと考え、俺は俊弥に電話をかけた。

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