第十九話【最弱王】に会ってやろう!

 不自然に詰まれた岩に、『立ち入り禁止』の文字が書かれている。

 ここが魔王が逃げ込んだとされる洞窟だろう。

 ボースハイトが風魔法で岩をどかすと、洞窟の入り口が現れた。


「こ、ここに、魔王ルザが、いるんだな」


 コレールが及び腰で言う。


「おいおい。引けた腰で魔王ルザと戦えんのか?」

「ど、ドラゴンとだって、戦えたんだ。戦える……はず」

「ならさっさと中に入れよ」


 ボースハイトが突き出たコレールの尻を蹴っ飛ばす。

 べしゃり、とコレールが顔から洞窟の中に入った。


「入り口の岩どかしちゃったけど、洞窟から逃げちゃわね?」

「相手は魔王だよ。どかそうと思ったらどかせるんだから、あってもなくても同じことだよ」

「確かに。じゃあ、気にしなくて良いか」


 コレールの横を、ボースハイトとゲンスルーの二人が話しながら通る。


「気を引き締めて行けよ」


 我が輩もそれに続いた。

 薄暗い洞窟を暫く進む。

 洞窟の奥の暗闇からから、魔物の唸り声が聞こえてきた。

 ケルベロスだ。

 グロルがすかさず能力上昇魔法を二人にかける。


「来るぞ! 準備は良いか?」

「あ、ああ!」


 コレールは頷いた。


「誰に聞いてんの!」


 ボースハイトはハッと笑う。

 ケルベロスはティムバーの森にいたトレントより強い魔物だ。

 だが、森で散々やった連携が生き、苦戦はしなかった。

 飛び出してくるケルベロスを三人で薙ぎ倒しながら進んでいく。

 我が輩は鼻歌を歌いながら、その後ろをついて行く。

 少し進んだところで我が輩は足を止めた。

 前の三人はそれに気づかず、どんどんと前へ進んでいく。

 我が輩との距離が十分空いたのを確認して、反対方向に歩き出した。


「あれ? ウィナは何処だ?」


 グロルが後ろを振り向いたときにはもう遅く、我が輩の姿はそこにはいなかった。


 □


 我が輩の気配を《隠蔽》で隠しながら、〝奴〟の気配を辿って洞窟を進む。

《隠蔽》を使うのは、〝奴〟が気配を感知すると逃げてしまうためである。

〝奴〟は魔力が弱く、我が輩の目を凝らしても見逃してしまほどだ。

 神経を研ぎ澄ませ、〝奴〟を追いかける。


「……いた」


 洞窟の端、少し窪んだところに〝奴〟を見つけた。

 我が輩は石ころに擬態している〝そいつ〟をつまみ上げる。


「ひえーっ!」


 石ころがか細い悲鳴を上げる。

《擬態》魔法を解き、元の白い色のスライムになる。


「ぷるぷる。ルザは悪いスライムじゃないですう。見逃して下さいぃ……」


 このぷるぷる震える情けないスライムこそ、四天王の中で最弱の【最弱王】ルザである。

 否、今の人間達が言うには魔王ルザだったか。


「ルザ、我が輩だ」

「ええ!? その強者の喋り方するのは一人だけ……。魔王様ぁ!? 本当の本当に魔王様ですかあ!? なんで弱者の人間なんかに擬態してるんですう!?」

「色々事情があってな」


 ルザの身体が真っ青になる。


「ルザを殺すのに全力は必要ないってことなんですねえ……。ぷるぷる。ルザを殺さないでくださいぃ……」


 ぷるぷる震えながら命乞いを始めた。

【最弱王】の名に相応しい怯えようだ。


「今日は殺しに来たのではない」

「『今日は』ぁ!? うう……いつかは殺すんですねえ……。どろどろ」


 ……話が進まないな。


「単刀直入に聞く。人間の中では貴様が魔王ということになっているが、どういうことだ?」

「ひえええ。怒らないで下さいぃ……。殺さないで下さいぃ……」

「怒らない。殺さない。理由を話せ」

「それが……ルザにもよくわかってなくてえ……」

「わかってない?」


 そんな訳あるか。

 火のないところに煙が立つはずがない。

 と言いかけて、口を閉じる。

 たった今、怒らないと宣言したばかりだ。

 深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 ルザが人間を襲った話は一度も聞いたことがない。

 ルザが人間を恐れるのはわかるが、人間がルザを恐れるのは意味がわからない。


「心当たりはないのか?」

「多分なんですけどお……。……ルザ、弱いので、よく魔物に追われるんですう。それで、よく人里になすりつけるんですよねえ」


 魔物が魔物を人になするつけるのか……。


「魔物を引き連れて現れるから、人間が勘違いしちゃったのもしれませんねえ」


 あり得る。

 昨今の人間の勘違いは度を超しているし。

 主に、フラットリーとか言う奴のせいで。


「ルザだって嫌なんですう。みんなルザのこと倒そうとしてるから怖いんですう。でも、ルザ、弱いから何も言えなくてえ……ぬるぬる」


 確かに、ルザは弱い。

 魔法の使えない人間でも、木の棒でルザを叩けば、一撃で倒せる程に弱い。

 では、何故四天王の中の一人なのか、理由は簡単だ。

 我が輩がルザを倒せたことが一度もないからだ。

 かといって、我が輩がルザに負けたのではない。

 毎回、決着がつく前に逃げられてしまうのである。

【最弱王】ルザ……またの名を【逃走王】ルザ。

 逃走の術を千通り知り、実行出来る唯一の魔族。

 勝つことも負けることもない【最弱王】。

 いつか必ず倒す。

 だが、その前に……。


「貴様の望み通り、人間達に狙われる恐怖から解放してやろう」

「本当ですかあ!? 魔王様あ!」


 ルザが身体を発光させる。

 ルザが魔王だと勇者が我が輩を倒そうとしてくれなくなるからな。

 それは困る。


「ルザよ、勇者達に倒されるのだ」


 そのためにはまず、ルザに魔王の座から降りて貰おう。

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