第十八話 夜中に抜け出してやろう!

「グロル兄!」


 怪我人達の間を縫って、少年が我が輩達の前に現れた。

 少年は傷だらけであり、背には幼い少女を乗せている。

 少女は手をだらんと垂らし、少年の背に顔をつけている状態だった。


「ピエタ!」


 グロルが少年ピエタに駆け寄る。


「知り合いか?」

「教会で一緒だった子です……。ピエタ、どうしたのです?」

「イーズが……イーズが魔物に襲われて怪我をしたんだ! 治してよ!」


 イーズというのは背中の少女のことらしい。

 グロルは少女イーズの顔を覗き込んで、顔を強ばらせた。


「他の人達はもう治らないって言うんだ。嘘だよね? イーズは治るよね?」


 グロルはハッとして、少年ピエタの顔を見た。

 ピエタの顔はこわばっており、口の端を無理矢理吊り上げている。

 おそらく、ピエタはその答えを知っているのだろう。

 グロルは頭を振った。


「……ピエタ、イーズは、もう……」

「グロル兄も治せないの!? だったら、フラットリー様の生まれ変わりにお願いしてよ! 知り合いなんだろ!? イーズを助けて!」

「ウィナ様……」


 グロルがか細い声で我が輩を呼ぶ。

 我が輩に助けを求められても困る。


「少年、その少女は誰にも治すことは出来ない」

「どうして!」

「その少女は死んでいるからだ」


 我が輩は事実を告げた。

 ピエタは首を横に振りながら、視線を下に落とす。


「そんな……」


 背の少女イーズがズルリと横にずれ、ピエタの身体から生気のない顔を覗かせる。

 死んでいる者を《回復》することは我が輩であっても出来ない。

 ただし、別の方法はある。

 我が輩はその方法を使ってやろうと、少女イーズに手を伸ばした。


「おい。おい!」


 その手は、ボースハイトに掴まれた。

 手を引っ張られ、少し離れたところに連れて来られる。


「お前、何をする気だった?」

「何って……《蘇生》だが」


《蘇生》は死んだ者を生き返らせる魔法だ。

《回復》が使えない死体にも有効な治癒魔法である。


「やっぱり。お前なら使えるかも、とは思ったけど……」


 ボースハイトは深くため息をついた。


「あのね。普通死んだ人間は生き返らないの」

「それは間違いだ。《蘇生》すれば生き返る」

「お前の中ではそうなのかもしれないけど、人間の中では違う。人間は死んだら生き返らない。決してね。もし生き返ったとしたら、それはアンデッド。魔族だ。討伐される」

「魔法使いも魔族なのだろう?」

「それとこれは比べものにならない。人間が生き返ったら、単純に気持ち悪いんだよ。生き返らせても、村八分にされるのが目に見えてる。生き返った後のあいつらのこと、ちゃんと想像したら?」


 想像と言われても困る。

 生よりも倫理観を大切にするなど、馬鹿げてないか?

 人間の倫理観は魔族には到底理解し難いものだな。

 ちらりと少年ピエタを見る。

 ピエタはその場にへたり込んでいた。


「ぼく……イーズのお兄ちゃんなのに。守ってやるって言ったのに……。守れなかった……」

「ピエタ……」

「母さんの形見のペンダント、魔王に投げつけて逃げたんだ。イーズはずっと、止めてって、言ってたのに……。ぼくは、イーズのために何も出来なかった……」


 ピエタの目からボロボロと涙が零れ落ちる。

 グロルは眉間に皺を寄せながら、ピエタの肩を摩ることしか出来なかった。


 その後ろで、コレールは拳に力を入れた。


 □


 サクリ村にいる者達は蓙を敷き、各々の場所で横になっている。

 勇者学院から派遣された者達は、長旅や救助の疲れで深い眠りについているようだ。

 その中に動く人影が一つ。

 人かげはこそこそと村の外へと向かう。


「こんな真夜中に何処に行くつもり?」


 人影が肩を飛び上がらせて、こちらを向く。

 月の明かりでかろうじて顔が見えた。

 コレールだ。

 コレールにもこちらの顔が見えたようで、目を見開いた。


「ぼ、ボース。グロルに、ウィナも……!」


 ボースハイトはコレールの驚いた様子を見て、くすくすと笑う。


「お前達、なんで、ここに……」

「魔王ルザを討ちに行くんだろ? 水臭えなあ、コレール! 俺達も連れて行けよ。俺にもイーズの仇を取らせてくれ」

「そうそう。一人だけ抜け駆けして勇者になろうなんてズルいよねえ」


「ね?」とボースハイトに同意を求められたが、我が輩は目をぱちくりさせた。


「は? お前、行くつもりないの? じゃあなんでここに来たの?」


 ボースハイトは《思考傍受》で、コレールが魔王ルザを討ちに行く決意をしたことを読み取っていた。

 真夜中にこっそりと抜け出し、魔王の元に向かおうと考えていることも。

 そのことを我が輩とグロルに伝え、先回りして驚かせようと言ったのだ。

 だから我が輩は、一人で魔王を討ちに行く無謀なコレールを嘲るだけだと思った。


「協力するとは言ってなかったぞ」

「いや、話の流れ的にわかるでしょ。行間を読めよ」


 ボースハイトは呆れる。


「ぎゃはは! ウィナに察しろってのは無理があったか! まあ、ここで引き返すなんて水を差すようなこと、ウィナはしねえだろ?」

「まあ、行くならついて行く」

「それでこそ俺様の仲間だぜ!」


 グロルがバンバンと我が輩の背中を叩く。

 結構、体に衝撃が来る。

 コレールは眉をハの字にして笑う。


「あ、ありがとう、みんな……。実は、一人じゃ、不安だったんだ」


 その顔を見て、我が輩達も笑った。


 □


 小さな火を魔法で灯し、夜の森の中を進む。

 魔王ルザは何処かの洞窟に逃げ込んだと聞いた。

 我が輩達はその洞窟を捜す。

 封鎖されているそうだから発見したら直ぐにわかるだろう。

 草を踏みつける音と虫の声が静寂を更に引き立たせている。

 静寂を埋めるように、グロルが話し出す。


「しっかし、ドラゴンにビビってたお前が魔王退治を言い出すなんてな。そんなにピエタに同情したのか?」

「ど、同情というか……」


 コレールは首を横に振る。


「……いや、同情だな。あの子の気持ち、痛いほどわかるから」

「ふうん。お前にも人の心がわかるんだ? 《思考傍受》でも使った? それで気持ちがわかるなんて、よく言えたもんだね」

「違う。お、俺にそんな高度な魔法は、使えない。ただ……」


 コレールは言葉を詰まらせた。

 コレールは口を開いては閉じ、それを数回繰り返す。

 そして、小さな声で確かに言った。


「……俺にも、妹がいたから」


 逡巡していたにも関わらず、大層な理由でもない。

 ボースハイトもそう思ったのか、鼻で笑った。


「同じく妹がいるだけで魔王に挑むくらい共感するもの?」

「妹は魔族に殺されたんだ……」


 グロルが目を見張り、ボースハイトの口角が下がる。


「その魔族は、人間の姿をして、近づいてきた。本当に人間そっくりで、魔族だなんて、思いもしなかった」


《擬態》魔法を使えば、魔族が人間の中に溶け込むことは容易だ。

 我が輩とバレットがしているように、人間の形さえしていればバレることはない。

 だからこそ人間は、魔法を使う者に対して警戒し、魔族だと言い放ち、遠ざける。


「そいつは、俺の目の前で、妹を……」


 コレールは足を止め、衝撃に備えるように目をぎゅっと瞑り、唇を噛む。

 我が輩達もそれに倣い、足を止めた。


「助けなかったの?」

「助けようと思った! 思ったけど、身体が震えて、動けなかった……」


 コレールの唇からは血が滲んでいた。


「あの子と同じだ。妹が殺されてるのに、何も出来なかった……。臆病で、弱くて、情けない。俺が、ゆ、勇者に向いてないってことくらい、わかってる。それでも、大切な人を守れるようになりたかった……」


 コレールは足を踏み出す。

 我が輩達をよりも前に出て、言った。


「だから、俺は、勇者学院に来たんだ……」

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