第十二話 仲間を捨ててやろう!

 ティムバーの森を探索し始めてから三日が経ち……。


「ボース! 右に避けろ!」


 グロルの指示通りにボースハイトが動く。

 ボースハイトがいた場所にトレントの枝が振り下ろされた。


「コレール! そっち行ったぞ!」


 トレントが枝を震わせて、鋭利な木の葉の雨をコレールに浴びせる。

 いくつかの木の葉がコレールの足に刺さり、コレールは顔をしかめた。


「痛っ……」


 血液が足を伝う。

 見かねたボースハイトがコレールの前に出た。


「コレール下がって。僕がやる」

「わ、悪い……」


 コレールがグロルの元に行き、《回復》をして貰う。

 大分手際が良くなってきたな。

 この三日、我が輩は三人に魔物を倒させながら森を進んだ。

 その横でピクニックを楽しんだら、三人に怒られた。

「戦いに参加しろ」と。

 我が輩は戦闘が終わるごとに《全回復》してやってるのだから、参加しているのと同じだろう。

 三人は経験値稼ぎの成果もあってか、一日目のような苦戦もなくなった。

 ……そろそろ頃合いだろうか。

 ボースハイトの雷魔法でトレントが倒れる。

 トレントが完全に動かなくなると、トレントは光に変わる。

 戦闘が終わったようだ。


「慣れてきたようだな」

「誰かさんのおかげでね」

「そんなに誉めるな、ボース」

「誉めてないんだけど? あと、ボースって呼ぶな」

「グロルには呼ばせているのに……」

「呼ばせてるんじゃない。呼ばれてるの」


 どっちも同じでは?


「おーい。ウィナさんよお、そろそろ《全回復》してくれ。痛えよ」


 グロルがトレントの木の葉でやられた腕を摩りながら言う。


「自分で《回復》出来るのに我が輩に要求するとは……さては、魔力を温存したいのだな」

「あ、バレちった?」


 グロルはにひひ、と誤魔化すように笑う。

 全く、狡賢い……。

 あ、そうだ。


「グロル。良い魔法を教えてやろう」

「どんな魔法?」

「魔力を回復出来る魔法だ」

「何それ超便利じゃん! 教えて教えて!」


 グロルが目を輝かせる。

 我が輩が手を出すと、グロルはすかさず手で触れる。

 こうすると、ケルベロスのお手を思い出すな。


「では、やるぞ」


 グロルの魔力の流れを制御して、《魔力回復》の魔法を強制的に使わせた。


「うおっ……?」


 グロルが膝をつく。

 コレールが慌ててグロルに駆け寄る。


「身体重っ! なんだこれ」

「《魔力回復》は体力を使う魔法だ。身体が重くなる程度だが、使い過ぎると衰弱して死ぬから気をつけて使え」

「ひえ。ヤベー魔法じゃん……。魔力が枯渇したら身を削らなきゃなんねーのか。まあ、戦闘中に魔力切れたらどっちにしろ死ぬしな」


 経験値稼ぎで魔力が増えているから、そんな事態には滅多にならないだろう。

 だが、世の中何が起こるかわからない。

 目の前に魔王が突然現れることもある。

 一応覚えて置いて損はあるまい。

 ボースハイトがちょんちょんと我が輩の肩を叩いた。


「ねえ、それ、僕も使える?」

「使えるが……前衛の貴様が使うと危険だぞ。貴様には《吹雪》を教える」

「《吹雪》って《氷結》の上位魔法じゃん。十年修行しないと使えないって言うけど?」

「魔力は足りてるから使える。あの木に向かってやってみろ」


 介助をしてやろうとボースハイトの肩に手を置く。

 しかし、その手を払われてしまった。


「一人で出来る」


 ……生意気になったものだ。

 ボースハイトが木に向かって《吹雪》を放つ。

 放たれた氷の風は周囲を凍り付かせながら木に向かっていき、着弾すると木全体を凍結させた。

 初めてにしては上出来だ。

 それに相反して、ボースハイトは肩をがっくりと落とした。


「いや、本当に使えるのかよ」

「使いたくなくなかったのか?」

「お前の言う通りになるとなんかムカつくんだよ」

「理不尽だ」

「お前が言う? 理不尽の権化の癖して」

「失礼な」


 我が輩はさっと、グロルとボースハイトを《全回復》してやった。


毎回全回復してやってるのに、何処が理不尽の権化なのだ」


 我が輩は息をついて、歩き始める。


「では、先に進むぞ」

「ん。ん? あれ? お、俺は……」


 コレールが首を傾げる。

 コレールだけ《全回復》しなかったことを、疑問に思っているのだろう。


「おいおい、魔力切れか? そりゃ戦闘毎に《全回復》してりゃあ魔力もなくなるわな」

「否、魔力切れではない」

「いや、それはそれでビビるわ……」


 グロルは引き攣った笑みを浮かべる。


「魔力切れじゃないなら、なんで回復しないの?」

「そろそろ良い頃合いだと思ってな。──コレールは捨てていこう」


 しん、と静まりかえる。

 ティムバーの森を探索して三日経った。

 そろそろ、コレールに見切りをつけても良い頃だろう。

 グロルが沈黙を破る。


「……は? 捨てていくってどういうことだよ、ウィナ? 本当に捨てていく訳じゃあねーよな?」

「グロルも後ろから見ているからわかるだろう」


 魔法を使わないコレールはこのパーティの足を引っ張っている。

 魔物は《防御》魔法を使っているため、コレールの攻撃は通りづらい。

 前衛で戦っているから怪我も多く、《回復》魔法を頻繁に使わねばならない。

 かと言って、自力で攻撃力や防御力を上げることは出来ない。


「コレールは魔力を食い潰すだけだ。コレールの《回復》はしない。グロルも《回復》をするな。魔力を温存しろ」

「お、俺は足手まといって、ことか」


 コレールの言葉に、我が輩は頷いた。

 すると、グロルは顔を真っ赤にして我が輩に掴みかかる。


「んなことなら。戦わねーお前が一番の足手まといだろうが!」

「毎回貴様らを《全回復》してやっているのは我が輩だぞ」

「そもそもお前が魔物と戦わせなきゃ良いだけの話だ! 寄り道ばっかしやがってよ!」

「経験値を稼ぐためだ。説明したろう」


 いきなり掴みかかってくるなんて、グロルは大分頭に血が上っているようだ。


「何故、貴様が怒ることがある? 貴様はコレールではあるまい」

「この……!」


 グロルが拳を固く握って振り上げる。

 この我が輩を殴るつもりか。

 我が輩を殴ってもダメージはないが、一応防御しておこう。

 グロルの拳がどうなるかわからんが、怪我をしたら治せば良い。


「まあ、ウィナちゃんが言いたいことはわかるよ。コレールちゃんは足手まといだよねえ」


 ボースハイトが言葉を発したことで、グロルの拳が止まった。


「ボース……お前もそう言うのかよ!?」


 グロルは上げた拳を下ろし、ボースハイトを睨みつける。

 グロルの怒りの矛先がボースハイトに向いたらしい。

 我が輩は《防御》を解く。


「でも、肉壁にはなるんじゃない? 見捨てるには勿体ない」


 ボースハイトもコレールを捨てるつもりはないらしい。

 意外だな。

 ボースハイトはコレールを捨てる選択をするものだと思っていたのだが、見誤ったか。


「随分、手のかかる肉壁がいたものだな」

「ボロボロになるまでこき使って、使えなくなったら捨てるよ」

「ならば、何も言うまい」


 我が輩は三人に背を向けた。

 グロルとボースハイトはホッと胸を撫で下ろした。


「ご、ごめん。グロル、ボース。お、俺……」

「気にすんなよ、コレール。俺達、パーティじゃん?」

「僕はパーティだと思ったことはないよ。肉壁としてちゃんと働いてね」


 二人はそう言って笑っていた。

 コレールだけは申し訳なさそうに視線を落としていた。


 □


 その日の夜。

 眠りについた三人を見届けて、我が輩はぼんやりと空を眺めていた。

 今日は雲が少なく、星が綺麗に見える。

 そうしていると、草と布の擦れる音が耳に届いた。


「眠れないのか? コレールよ」


 近づいて来たコレールに、我が輩はそう語りかける。

 暗闇の中、コレールは真っ直ぐ我が輩の目を見ていた。

 いつも、何処を見ていようか迷っている目をしていたのに、珍しいこともあるものだ。


「ウィナ、た、頼み事がある」

「《全回復》はしてやらんぞ」

「さ、さっき、グロルにして貰ったから、平気だ」

「では、頼みたいこととはなんだ?」


 コレールは我が輩の前に来て、両膝をついた。


「魔法を、教えてくれないか」


 我が輩は冷静に答えた。


「……魔法は魔族が使うものだから、使いたくないんじゃないのか?」

「でも、あ、足手まといはごめんなんだ」


 コレールの目はじっと我が輩の目を見つめる。

 良い目をしている。

 首を縦に振る以外の選択肢を選ばせない目……。

 コレールの性格ならば、皆に見捨てられるとわかったら、縋ってくると踏んでいた。

 そのとき、見捨てない代わりに、魔法を使えと言うつもりだった。

 それでも魔法を使うことを拒むようなら、それまでの人間だということ。

 本当に捨てるつもりだった。

 だが、予想外にも、グロルとボースハイトがコレールをかばった。

 コレールを育てるのは諦めようと思っていたが……。

 二人の行動が良い方向に働いたようだな。

 我が輩はフッと笑った。


「我が輩は厳しいぞ」


 コレールは困ったように眉を下げながら笑った。


「……知ってる」


 □


 翌日。

 皆が目覚めてそろそろ動こうかと準備をしていたときだった。


「コレール、なんか顔色悪くね?」


 グロルがコレールの顔を覗き込んで言う。


「くすくす。初日ならまだしも、もう三日も野宿してるのに、今更眠れなかったの? 変なの」

「ま、まあ……」


 コレールはバツが悪そうに視線を逸らした。

 森の探索を再開すると、直ぐに魔物と戦闘になった。

 ここ数日で、何十回も戦ったトレントだ。

 いつも通り、コレールとボースハイトが前線に立ち、グロルが後方でサポートする。


「攻撃来るぞ! コレール!」


 戦闘の最中、トレントが木の葉を放ち、いくつかがコレールの腕に直撃する。

 見かねたグロルが指示を出す。


「コレール下がれ!《回復》する!」

「平気だ」


 コレールは木の葉が直撃した腕で、トレントを殴った。

 グロルとボースハイトは目を見張った。


「コレール、腕……」


 コレールの腕に傷はない。

 コレール自身が《防御》魔法でトレントの攻撃を防いだのだ。

 今まで魔法を使って来なかった者に魔法を教えるのは、我が輩も初めてだったため、かなり苦戦した。

 一晩で《防御》魔法しか教えられなかったが、これが使えるだけで、コレールはぐんと役に立つようになる。


「……お前、いつの間に魔法使えるようになったんだよ」


 ボースハイトが尋ねると、コレールは不器用に笑った。


「足手まといはごめんだからな」

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