あなたの傍観者

「…それは、売らない絵?」


少年は、そう言った。

「ああ」と、返事をして、筆を進める。

218回目の彼女。

僕が持つ、217、最後の彼女だ。


彼女はもう、この世にはいない。

絵の中の彼女とだって、住む世界は違う。

彼女が住む世界を、こうやって描いている。


これが本当の本当に最後だ。



最後の絵を描いてから、149日が経った

その間は他の絵を描いて、なんとか家賃を払い続けた。

昔描いた雨降りの、雨に喜ぶ彼女の絵を取り戻したい、なんて思ったけど、僕の絵はあまり売れない。

皮肉なことに、一度だけ売った彼女を描いた絵が…一番売れていた。

元々売りたくないものだったのに。


そして、足りない一つのために、彼女の命日に、最後の絵を描いた。


片手で本を読んでいる。

本を読んでいる姿は、素敵だ。

黒髪を、まっすぐに下ろして。

煌めく瞳は、こちらを見ていた。


穏やかに、楽しそうに。


そんな瞳が好きだった。

場所は、カフェだ。

コーヒー。角砂糖を片手で、沢山入れて、不健康だ。でも、これは絵なんだから。

これくらい、してもいいでしょ?と、彼女ならいいそうだから。



これからさ、僕はお金を稼いで

生きなきゃいけない。

また家賃を払わないと。

まだ後一ヶ月分残ってるんだ。

少年は、僕が家賃を払い終わらないと死なせてはくれないみたいだよ。


だから、君と同じ世界に住むのは、まだ少し、先になりそうだ。

もし退屈だったら、さ、昔の僕みたいに、僕のこと、眺めててよ。


僕、頑張るからさ。






「いいよ!」






と、彼女の


忘れていたはずの、明るくて爽やかな、生きている希望に溢れた声が、聞こえた気がした。

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あなたの傍観者 中田絵夢 @Lunaticm

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