第一章 傲慢公爵の素晴らしき取引
1-1
春の初めの
大陸南西の海に面して、風光
そんな活気ある王都のやや外れの海岸、日の出前の朝焼けに照らされた小さな
けれど実際のところ、少女は心の内で、
――大物だ。
少女の近くで八歳から十二歳ほどの子どもたちが三人、同じように貝を拾っては手持ちの
だが、少女が巨大な貝に
「リリィ
「何人分になるのかな?」
「これ絶対においしいよね!?」
キラキラとした
「うふふ、
少女の満足げな
「おおーい、リリィ。朝から精が出るなあ」
そんな中、夜のうちから
リリィは
人目がある場所では、お
リリィは修道女の格好をしているが、
「おはようございます、おかげ様で」
「ああー、なんだってぇ?」
慎ましやかに答えたリリィの声はとても小舟までは届かなかったようだ。大きな声を張り上げた漁師に向かって、察した子どもたちが口々に答える。
「たくさんとれたよー、ありがとう!」
「リリィ姉も感謝してるってさあー」
「あと、おはようございまあすっ」
「おうよ、おはよう。たくさんとれたなら、それはよかった。しっかり食って大きくなれよぉっ」
子どもたちの声に合わせて、リリィが網に入ったたくさんの貝を持ち上げて見せれば、心得たように漁師もにかりと笑う。
「ナイスフォロー助かったわ、ありがとう」
リリィは、すかさず子どもたちに感謝を伝えた。
「ううん、平気だよ」
「イメージ戦略は大事だって、いつも言われているもんね」
「助け合いは孤児院のモットーでしょ?」
得意げな表情の子どもたちに囲まれて、リリィはますます目を細めた。
子どもたちは
養っている子どもたちのためにも、慈愛の
少女に声をかけた漁師に、若い新入りが不思議そうに尋ねた。
「あの子、修道女ですか?」
「そうか、お前は王都に来たばっかりだから知らんのか。あれが、今
「ああ、彼女が……」
街に出れば、困っているどんな相手にも迷わず手を
王都で
「本当に
新入りの
孤児院の食堂――なんて呼んでいるけれど、ただ大きなテーブルが真ん中に置いてある広間――に子どもたちが左右に分かれて整然と席に着いている。
目の前には朝から海でとってきた貝をふんだんに使ったスープやサラダが並ぶ。パンは
実際、ここまでの食事を毎朝とれるかというとそれは難しい。だが、きっと今日は貴族のそれにも
並べられた料理を前に、一同は
「さあ、食べましょう」
修道服姿のリリィが祈りを捧げ
リリィはため息をついた。子どもたちは十五人。皆育ち
「お前のパンのほうが大きい!」
「ねえ、肉が全然入ってないよ」
「この野菜苦手~そっちちょうだい」
「やだ、
黙々と食事を口に運ぶのは、孤児院の院長である
「食事中は静かに!」
お玉を片手に、リリィは声を張り上げた。
「リリィ姉、そんな大声出したら、メッキがはげるぞ。あれ、化けの皮だっけ?」
「どっちでも同じだよ、せっかく『慈愛の修道女』なんて呼ばれているくせに。いつも微笑みを浮かべて
年長の少年二人が
「皆、だめよ。リリィ姉がそれっぽくしてくれているおかげで、周りの善意が集まって満足なご飯が食べられているのよ? 実体がどうでも、バラすのはいけないことだわ」
「ゲミ、トンリ、ミトア。言いたいことはそれだけかしら?」
にっこりと微笑めば、三人はばつの悪い顔を見合わせて、静かに食事に
ちなみにリリィは孤児院の職員
とはいえ、いくらここで働いたところでリリィにお金は入らないので、そこは清貧を求められる修道女らしいと自負はしている。
ちなみにお金を
だからリリィは孤児院で皆の世話をしつつ、収入を得るためのもう一つの手段として自ら
それが『慈愛の修道女』である。
特に最初からリリィがそう広めたわけではなく、元修道院であった孤児院の前身を
伯爵は毎月いくばくか孤児院に支援してくれる貴重な存在で、リリィに
まだ十六歳のいたいけな少女が十五人の子どもを
そんな『慈愛の修道女』を助ける孤児院の子どもたちもまた聞き分けがよく、皆真面目で心根の優しい良い子たちである。小さな孤児院で肩を寄せ合い、お
ついでに毎日同じ格好をしているリリィだが、みだしなみは大事だと髪だけはふんわりと
ちなみにその演技指導は王都一の劇団の看板女優デリール
そんなちょろい設定でうまくいくわけがないでしょう、と当初リリィは笑い飛ばしたものだが、あれよあれよという間に噂は広がり、寄付が集まった。おかげで以前に比べれば
本来リリィは活発で、元気はつらつとした性格なのだが、世間ではそれを押し隠し『慈愛の修道女』の人物像を守るため、イメージを崩さないよう努めている。代わりに外ではちょっぴり働きづらくなったけれど、懐事情を知って
「はーい、注目。今朝の一等賞はグラ、メリア、バナーよ。機転を
浜辺の出来事を語れば、食べていた子どもたちから三人にやんやの
きりっとした表情に変えて、リリィはきびきびと声を張り上げた。
「じゃあ今日の予定を
子どもたちを見回して、一日の行動を確認する。四班に分け、
「次は街隊。グイッジが
グイッジとはこの孤児院の出身者で、今は
自身は
居残り組はまだ世話をしなければならない二歳のセイルの子守りをしつつ、孤児院の掃除を担当する。ついでに読み書きの学習があるので、どっさりと課題を与えられているのだ。
「うう、リリィ姉、あれ、もう少し減らさない?」
「将来いい仕事に
昨日、寄付として大量の
高価かどうかはわからない。
仕事を
「他に質問はない? うん、ないわね。なら、今日も一日家族みんなのために
孤児院は運命共同体のようなもの。仲間であり、家族であり、分かち合うことが大切だ。
「それ、質問受ける気ないやつ――っ痛」
ゲミが食事をしながらぼやいて、トンリに足のすねを
幼いリリィが捨てられても、仲間たちとここで笑って生きてこられたように、彼らにも
こんなこと、神に祈ったところで解決はしないが、金は裏切らない。より幸福になるためには安定した生活を送ることが大事で、そのためには少しでも多くの収入を――そう願って必死で毎日をやりくりしてきたのだ。最近ではその努力が実り少しだけ生活水準がましになったように思える。
そうしてやや上向きかけたように見えた孤児院だが、
――
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